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11

 翌朝。僕は部屋のドアを猛烈にノックする音で目を覚ました。


「うーん……」


 寝ぼけ眼を擦りながら、ふと窓の外へ視線をやる。太陽の位置を確認するに、どうやら少し眠りすぎてしまったらしい。未だに扉はガシガシと叩きつけられている。というか、起こすには些か乱暴過ぎる行動ではないだろうか。そう感じた次の瞬間、僕は廊下側に立っている人物を容易に推測したのだった。


 案の定、扉を開くとそこには明らかに苛ついて頬を膨らませているミレナの顔があった。


「遅い! 今何時だと思ってるの!」


「ご、ごめん。ちょっと寝過ごしちゃって……他の二人は?」


「もうとっくに朝ご飯食べて外に出てったわよ!」


 彼女によれば、エリシアは教会の本部に向かう為、フォドは早く王都で遊びたくてウズウズしていた為、それぞれ早くに食事を済ませて外出したのだそうだ。


「アタシは取りあえずアンタが起きるのを待って食べようと思ってたのに……もうお腹がペコペコなんだから!」


「ほ、本当にごめん」


「とにかく! 早く食堂行くわよ!」


 すぐに部屋の鍵を閉め、荒々しい足取りで廊下を進んでいく彼女の後を、僕は慌てて追いかけた。




 食堂の席に座り、しばらくすると宿の主人が料理を運んできた。今日の朝食はフレンチトースト二枚にウインナーと卵焼き、それに野菜たっぷりのコンソメスープだ。飲み物はミルクの入ったポットが置かれている。トーストはおかわり自由だと主人の方が教えてくれた。僕達はしばらく会話もせずに食事を続ける。どうやら他の宿泊客は既に朝食を済ませてしまったらしく、部屋には僕達と空きテーブルを濡れ雑巾で拭いている宿の主人しかいない。フォークとナイフをカチャカチャ動かす音が、やけに室内に響き渡る。両目を閉じ、無言で口をモゴモゴと動かす彼女をチラリと見やりながら、僕は現在の状況に何となく息苦しさを感じ、視線をテーブルの料理へと移す。そしてふと気づいた。


 ――そういえば、こうして二人きりで食事を取るのは久しぶりかもしれない。


 エリシアやフォド、それに他の人達と出会ってからは、いつの間にかみんなで行動するのが当たり前になっていた。こうして彼女とだけ顔を合わせるのは、旅を始めて最初の頃以来かもしれない。そう考えると、以前二人旅をしていた時のように接すれば問題はない筈だ。しかし、どこか息苦しい雰囲気であるのもまた、事実である。


 ――何を話せば良いんだろ?


 前は普通に出来ていた事が出来なくなっている事に、僕自身がひどく驚いた。


「……昨日はちゃんと眠った?」


「へ?」


 不意に話しかけられて、僕は慌てて食器から顔を上げる。ミレナが素っ気ない表情でこちらを見つめているのにようやく気づいた。


「えーっと、うん」


 我ながら歯切れの悪い気がする返事をすると、彼女は眉を潜めて、


「それ、嘘でしょ」


「……う」


 図星だったので、僕は言葉を失った。占い師イルラミレを訪ねた後、僕達は用事があるというワズリースと別れ宿へと戻った。全員で夕食を取った後、僕は自室で早めにベッドへ入ったのだが、頭の隅に追いやろうとしても色々な事実や疑問が脳内を駆け巡ってしまい、全く寝つけなかったのだ。僕の記憶が失われた理由。そして、唯一覚えていた名前。一体自分は、何者なのか。今朝に寝過ごしてしまったのは、眠りについたのが真夜中だったせいもあるだろう。


「やっぱりね、そういう事だろうと思ったわよ」


 ミレナは深い溜息をついて、


「ところで、アンタは今日どうするの?」


「え?」


「エリシアもフォドも一人で出ていったけど、アンタはどうするのかって事よ」


「うーん……」


 ナイフとフォークを両手に握ったまま、僕は首を捻る。よくよく考えると、僕が王都で行きたいと思える場所は全く無かった。しばらく思案した後、僕は彼女に告げる。


「今日は宿でゆっくり休んでおくよ。ところでミレナはどうするの?」


「アタシ?」


 天井を見上げたミレナの反応から考えて、どうやら彼女もこれからの予定を考えていなかったらしい。


「アタシはそうね……ノルスにでも会いに行こうかしら。あれから進展があったか、気になるし」


「そっか、何か情報が見つかってたら後で教えてよ」


「何言ってんのよ。アンタもついて来るの」


「え、ええ!?」


 僕が狼狽えると、彼女は顔をしかめてテーブルの向こうから身を乗り出し、


「部屋ん中でウジウジ悩んでいるよりよっぽど健康的じゃない。何か文句ある?」


 と、凄い剣幕で訊ねてきた。僕は冷や汗をかきながら、心中で呟く。


 ――これじゃあ、断ったときが恐ろしすぎるよ。


 既に、拒否権は無かった。


「……ううん、文句ない」


「それでよし」


 満足げにゆっくりと彼女は体を戻し、再び朝食に取りかかる。トーストのお代わりを貰う為に、皿を持って主人の所へ歩いていく彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は小さく肩を落としたのだった。




 そんなこんなで、僕達は朝食を終えた後、ノルスのいる城まで歩いていく事になったのである。

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