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ミレナの父であるワズリースに連れられて僕達がやってきたのは、通りに店を構える小さな料理屋だった。小さいとは言ってもそれは王都ならではの大規模店に比べればという話で、標準的な店内の広さは確保されている。僕達は看板娘と思しき女性の案内で窓際の四角テーブルに案内された。通路側には椅子が三つあり、その全てに僕とフォドとエリシアが順番に座ったので、ミレナは自身の父親と窓側のソファに座ることを余儀なくされた。彼女は不服そうな頬を膨らませたが、抗議はせずに黙ってエリシアの前に腰を下ろした。父親の方といえばニコニコしながら、僕とフォドの目の前に腰を下ろす。
――でも、こうしてみると本当に父親とは思えないなぁ。
僕は心の中で呟く。ワズリースは確かに身長だけは高いものの、外見だけを見ればそこら辺にいる普通の青年と何ら変わりのない容姿をしている。他の言い方をすれば、典型的な優男といった感じだ。とても娘を持つような年齢とは思えない。
僕の疑念を知ってか知らずか、彼は心底嬉しそうにミレナへと話しかける。
「いやあ、我が娘と食事をするのは久しぶりだな」
「こっちは願い下げだけどね」
「まあ、そう言うなよ。せっかくの親子対面なんだ。もう少し楽しそうにしたらどうだ」
「気持ち悪い。ベタベタ引っ付かないで」
「うっ、反抗期というものは親心にキツいな……」
「誰が反抗期よ!」
「失礼しますね」
二人の喧噪を止めるようにして、先ほどの娘が水の入ったお盆を運んできた。彼女は営業用と思しき笑みを浮かべていて、コップを一人一人の手元に置いていく度に大きな金髪のポニーテールが小さく揺れる。そばかすが目立つもののとても可愛らしい顔立ちをしていて、住民からも人気があるのだろうなと僕はふと思った。しかし先ほどの割り込み方から考えて、接待業の経験は豊富なのかもしれない。さっきの動作の裏に、ここで喧嘩は許さないという無言の圧力を感じ取ったような気がしたのだ。尤も、ただの考えすぎかも知れないが。
「ご注文はお決まりですか?」
「ああ、少し待ってくれ」
「分かりました。お決まりになりましたらお呼び下さいね」
軽く一礼して、娘はテーブルを去っていく。
「何か食べたい物はあるかい?」
ワズリースから訊ねられ、僕達はしばらくメニュー表とにらみ合いっこしつつ、それぞれ頼みたい食べ物を口にした。勘定は誰が話すのか、というフォドの抜け目ない質問に、ワズリースは全て自分が払うという太っ腹な返事をしたので、彼は僕やエリシアが頼んだ量とは比較にならない数の料理を選んだ。どうやらよっぽどお腹が空いていたらしい。
注文を終えた後、僕達はワズリースにこれまでの経緯を話した。エリシアが旅をしていた理由はぼかし、城にちょっとした用事があってやってきたという風に話したのだが、すると彼は首を傾げながら、
「ふむ、そうだったのか。なら、その時に私が城に入ればもう少し早く出会えたのかもしれないね」
「え、ワズリースさんは城で仕事をされているんですか?」
「ああ、そうだよ」
エリシアから訊ねられ、彼はあっさり頷く。僕達は驚いて目を見開いたがが、中でもミレナの驚愕っぷりは抜き出ていた。
「え、何で城に勤めてんのよ。気ままに旅してる方が性に合ってるんじゃなかったわけ?」
「それはそうなんだが、国王直々に頼まれたら流石に断れなくてね」
――国王直々?
「どんな事を頼まれたんですか?」
僕の質問を受け、彼は少し表情を引き締めて口を開いた。
「この王国内で、凶悪な魔物が出没するようになった事は知っているかい?」
彼の話によると、その問題を解決する為、国王は各地の名高い戦士や魔法使い等に助力を要請しているのだそうだ。そしてその求めに応じ、ワズリースは城に滞在しているらしい。
そうと決まれば、旅の目的を隠す必要も無くなった。幸いにも、周囲のテーブルに人はいない。
僕達が予言の事などについて説明を始めると、彼は眉間に皺を寄せて真剣な面もちで聞き入っていた。
「それは何とも興味深い話だね」
話が終わると、彼は顎に手をやりながら独り言のように呟いた。
「是非、私もその場に立ち会いたかったよ。その予言の紙というのは?」
「あ、もう城の方に手渡してあります」
その時だった。
「失礼します。料理をお持ちしました」
控えめな声と共に、看板娘がお盆を両手に乗せて運んできた。巨大な盆の上には、どちらにも数々の料理が並べられているのだが、彼女は全く危うげないバランスでそれらを悠々と持ち運んでいた。娘は両方のお盆を取りあえず隣のテーブルに置くと、料理の乗った皿を手際よくこちらのテーブルに移していく。全ての仕事を終えた後、彼女は空のお盆を胸の前で重ねて、
「それではごゆっくり」
と軽く頭を下げ、再びテーブルを去っていった。フォドは涎を垂らしながら眼前の食べ物を凝視している。今にもナイフとフォークを手に取りそうな形相だ。そんな彼を見てワズリースは微笑みを浮かべつつ、僕達を見回してこう告げた。
「とにかく、料理を食べてしまおうか。熱いうちに食べないと勿体ないからね」




