表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/275

 地下六階にたどり着いた僕がまず最初に行ったのは、立て札を探して周囲を見回す事だった。既にもう、条件反射のようにやってしまっている。




『ちょー重要な掲示板! その7』




「……あ、先に手を触れておこうっと」




『恐らく一回は肝を冷やす感覚を味わったであろう愛しの君へ。


 地下六階、到達おめでとう!


 ここまでたどり着けたという事は、知恵を使って上手にダンジョンを攻略したのか、それとも当たって砕けろの精神で無理矢理に進んできたのか、まあ、どっちにしてもお疲れ様。


 けれど、冷えている肝にしっかりと命じておいて。ここを出れば、リセットなんて通用しなくなる。罠にかかれば最悪、そこで命を落としてしまう事になるんだ。いついかなる時も、気を抜いちゃいけないよ。


 じゃあ、湿っぽい話はここらで終わりとして。お待ちかね、新種モンスターの解説!


 見た目は可愛いけど、中身は凶悪。簡単に言えば、こんな感じ。


 まあ、あんまり詳細を聞かせても君のためにならないから、例によって取りあえず味わってみよう!


 攻略のヒントとしては、相手の性質を把握する事。そんなに難しい事じゃないだろうから、この階も簡単に進めると思うよ。


 地下五階目指して、ファイトファイト!


 補足

 あまり気負い過ぎると、逆効果かもよ。』




「……うわぁ、まるで具体性の欠片も無いや。今に始まった事じゃないけど」


 僕はしばらくの間、立て札をじっと眺める。


「やっぱりこの文面だと、まるで僕を鍛えようとしてるみたいに感じる」


 ずっと前から頭の片隅にあった疑問だ。


「でも、どうしてそんな事をするんだろう?」


 どうしても、掲示板の主の意図が分からない。僕をこんな所に閉じこめて、いったい何をさせようというのか。それで、向こう側にどんなメリットがあるというのか。目的を始めとした殆どの事が、僕には未だ知らされていないままだ。


「知る必要がないって、思われてるのかな」


 理不尽だ、という感情が心の中に芽生える。けれど、そんな憤りは結局、どうしようもない。


「なんだか、先の見えない一本道をずっと歩かされてるみたいだよ……」






 地下六階に出現した新敵は、はっきりいって変な意味で意表を突かれた。


「……ウサギ?」


 そう、ウサギである。体色は馴染みのない黄色だが、外見はまさしくウサギそのものだ。


 けれど、油断してはならない。今までの経験からすると、あっと驚くような事を仕掛けてくるに違いない。


 ――先手必勝だ!


「えい!」


 僕は木の棒を使って先制攻撃を仕掛ける。ウサギは軽やかな身のこなしでヒョイと避けた。地下九階で出会ったネズミを連想させる回避の仕方だ。しかし、彼らよりは素早いといった印象を受ける。


 ウサギの方は飛びかかってくる事もなく、一定の距離を取って僕の方をじっと凝視している。攻撃の隙を伺っているのだろうか。


「やあっ!」


 僕はとにかく闇雲に木の棒を振り回した。しかし、全く当たらない。涼しげな顔つきでステップするウサギとは違って、次第に僕は疲れてきた。


「ぜぇ、ぜぇ……」


 息を切らして、攻撃の手を緩める。




 ――その、一瞬の隙が命取りだった。




 ウサギは素早く僕の懐まで飛び込んでくると、僕の首を噛んで、肩を蹴ってジャンプする。


「わっ!」


 思わず僕は驚きの声を上げてしまったが、首筋の痛みはそこまで大した事は無い。慌てて敵の方を振り向く。ウサギは再度こちらに飛びかかってくるような様子は見せず、ただじっと僕を見つめているだけだ。


 敵から視線を逸らさずに、左手をそっと木の棒から外して傷口に当てる。あまり血も出ていないらしく、軽傷のようだ。となると、ただの威嚇のようなものだったのだろうか。



 違和感を覚えたのは、しばらく睨み合いが続いていた最中の事だった。


「……あれ?」


 急に手足が痺れだして、だんだんと力が入らなくなっていく。たまらず僕は地面に膝をつき、手を床につけて何とか倒れ込むのを我慢した。


 ――もしかして。これが狙いで、首筋を噛んだの……?


 つまり、目の前の奴は何の変哲もない普通の動物ではなく、神経を麻痺させる牙を持ったウサギだったという事だ。


「堪えなきゃ……くうっ」


 しかし、僕の気持ちとは裏腹に、手足の痺れはますます酷くなっていく。そして、ついに僕は体勢を崩し、地面に倒れてしまった。挙げ句の果てに、目の神経までやられてしまったようで、敵の姿まで霞む始末だ。


 ――これじゃ、やられる。


 しかし、ウサギがそれ以上、僕を攻撃してくる事は無かった。敵はしばらく身動きの取れなくなった僕の様子をじっと伺っていったが、やがてピョンと飛び跳ねて遠くへ走っていってしまうのが掠れた視界の中でもよく分かった。


「……助かったのかな?」


 そんな呟きが、ふと洩れる。


 しかし、どんなに時間が経っても僕の体調が回復する事は無く。


 やがて、


「ゴブ!」


 どこの階層でも相変わらずダンジョン内を彷徨いている戦闘好きの彼らに見つかってしまい、


「……うあぁ」


 絶望を感じながらも逃げる事も出来ず、


「ゴブー!」


 僕はコテンパンに殴られまくって意識を失った。






 けれど、掲示板に書かれている通り、対処法を見つけだすのは割と簡単だった。


「……なるほどね、こっちから仕掛けなかったら凄く大人しい生き物なんだ」


 ダンジョンを歩いている僕の後ろをトコトコと付いてくる事はあるけれど、どうやらウサギ達は身の危険を感じさえしなければ僕に害を加えようとはしないらしい。その点ではスライムより格段に扱いやすかった。よく見ると、ウサギだから結構可愛い。こちらから触れようとすると、途端に逃げ出してしまうが少し残念だったりする。


「とにかく、これなら楽に次の階へ行けそうだ」


 しばらくして、僕は上へと続く階段を発見した。


 階段を上っている途中、ふと気になって中段の辺りで振り返ると、階段の一番下の方でウサギ達が僕を見上げていた。一緒についてくるのかな、と思ったりしたのだが、どうやら自分達のテリトリー以外の場所へは行かない性質らしい。


「せっかく、初めて敵じゃない生き物に出会えたのになぁ」


 僕は名残惜しく彼らの姿を見つめながら、地下五階まで進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ