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「もう、すっかり真っ暗ね」
松明を掲げつつ、ミレナは前方に目を凝らしながら呟いた。彼女の言葉通り、僕達の頭上はひしめく枝葉にすっかり覆われてしまっていて、それらの間に存在する僅かな隙間から辛うじて雀の涙ほどの陽光が注がれている。月に照らされた闇夜の方が明るいといった有様なので、もし準備を怠っていたならこれ以上進めなくなっていただろう。
「だいぶ奥まで来たからね」
ノルスが辺りを注意深く見回しながら、
「この辺は村の漁師でも全く近寄らない場所だって聞いてるから、今までより慎重に進んでいかないと」
「魔物も手強くなってきたしな」
僕の後ろで、フォドが盛大な溜息をついたのが聞こえてきた。
「全く。本当にあるのかよ、こんなじめじめして陰気な所に。そのすんごい毒に効き目があるとかいう薬草が」
確かに僕達が歩いているこの場所は暗くて湿気が多い。いびつな形をした木々が立ち並び、見るからに危ない色をした植物があちこちに生い茂っている。どう贔屓目に見ても、とても人を癒せる何かが存在しているとは思えなかった。
けれど、今の僕達が頼りに出来るのは村人からもたらされた情報だけだ。いつでも道具で味方を支援出来るよう、僕は魔物に襲われていないうちに荷物の整理をする為に視線を下へと向ける。直後、僕は急に立ち止まったノルスの背中に思いっきり頭からぶつかってしまった。
「わっ!」
「あ、ごめん」
慌てたように謝る彼に対し、僕はすぐに首を横に振った。
「ううん、いいけど……どうしたの?」
僕の問いかけに、彼は獣道の側をすっと指で示す。その先には見た事もない植物があった。その茎は毒々しい紫色をしていて、咲き誇っている花の部分はほんのりと青みがかっている。その葉は茎の部分より更に濃い色をしていて、小さな棘が幾つもくっついていた。
「これがゲルーテだよ」
ノルスは静かに告げながら、近づいてよく見ようとしたフォドを手で制した。
「あまり近づいたら危険だ」
「いや、分かってるけどよ」
フォドは不思議そうに植物を見つめながら、自らの頬を掻く。
「村の子がやられたのって、コイツが何かに寄生した奴なんだろ? けど、こうやって本物を見ると全然動き出しそうに見えないぜ」
確かにゲルーテは特異な外見を無視するなら、そこらに根を下ろしている他の植物と何ら大差ない。足なんて付いていないし、勿論ながら腕も存在しない。何かに寄生するような生物には微塵も思えなかった。
「昨日も言ったと思うけど」
ノルスはそう前置きして、説明を始める。
「寄生行動を取れるゲルーテは、普通の個体よりもかなり魔力が高い奴だけなんだ。ゲルーテは確かに植物だけれど、同時に魔物に限りなく近い存在でもあるからね」
「じゃあ今回は、その魔力が強い奴がたまたま現れたって事か」
「いや、そうでもないんだ。そういうゲルーテの個体が生まれる場所は魔の毒気が充満しているような所なんだ。ここは普通の人が来れないような危険過ぎる森だけど、言ってしまえばそれだけさ。人里遠く離れた魔の巣窟ってわけじゃない」
「じゃあ」
ずっと黙って彼の話に耳を傾けていたミレナが真剣な口調で口を開く。
「今回の出来事は、今までアタシ達が耳にしてきた強力な魔物の出没と何か関係があるかもしれないって事?」
「……そうなるね」
一言そう言葉を返し、ノルスは固く口を閉じる。引き締められた唇から、僕は彼の心境を察した。一連の事件は彼と仲間達が魔王を封印ではなく倒してしまった為に引き起こされた可能性が高い。だからきっと、その事に対する自責の念を感じているのだろう。
しかし、彼はすぐに口元を緩め、
「とにかく。ゲルーテを見つけられたって事は、ウィーヌ草が生息している場所までたどり着けたって事だ。この辺りを探してみよう」
と一際明るい声を発し、再び歩き始める。もしかすると、勇者と呼ばれる彼は精神面も強いのかもしれない。
それからしばらく、僕達はウィーヌ草を見つける為に辺りを探索した。彼の説明によれば、ウィーヌ草は白く清らかな色をしているので、グロテスクな色をした植物ばかりのこの場所では嫌でもその姿が目に付くらしい。もし存在するなら、発見するのは容易だそうだ。
しかし、流石に希少な野草がそんな簡単に見つけられるわけもなく、僕達は目を凝らしてそこら中を歩き回った。勿論ながら付近を彷徨いている無数の魔物達に遭遇し、何度か激しい戦闘となった。流石に森の深部なだけあり、同じ魔物でもその強さは入り口のそれとは段違いで、戦闘をする三人も敵の攻撃でダメージを食らう事が多くなった。後方に待機していれば標的にならなかった僕に攻撃の手が及ぶ事もあったのだが、全て掠り傷で済んだのはせめてもの幸運といえた。だが、疲労は着実に僕達の体を蝕んでいく。
幾多の死闘を乗り越え、僕達は先の見えない森の中を慎重に進んでいった。
そしてようやく、僕達はお目当てのウィーヌ草を発見したのだった。




