13
「まず、問題を柔軟に考えなきゃ駄目なのよ」
開口一番、ミレナは人差し指を天に向けながら得意げに告げた。
――うわあ、ミレナにだけは言われたくない。
僕とフォドはどこか冷めた視線で胸を張る彼女を見つめていた。一方、クイズの出題者であるノルスは彼女の言葉を受け、爽やかな笑顔を浮かべたままでニヤリと口元を歪めた。何だか、凄い高等技術だ。
「へえ、自信満々だね」
「まあね。とにかく、問題を確認するけど」
と、彼女は出題された内容を復唱した。
『ドロドロの手を持った植物の名前は何だ?』
「勿論、ここで重要なのは問題の前半部分よね。『ドロドロの手を持った』ってとこ」
「そんなの俺達だって分かってるっつーの」
フォドが不満げな顔つきで呟くと、
「でも、結局は解けなかったのよねー」
と、彼女はたっぷり含むようにゆっくりと嫌味を口にした。彼は背中を丸めて俯き、
「腹立つ……めっちゃ腹立つ……」
と、握りしめた拳をわなわなと震わせる。どうやら、彼女に馬鹿にされたのが相当悔しいらしい。とにかく、とミレナは言葉を続ける。
「でもね、ここは複雑に考えちゃいけないのよ。使うのは……そう、直感ね」
「直感?」
思いも寄らなかった単語に、僕は首を傾ける。確かにミレナはあんまり深く考えないで行動する事が多いけども。
「ドロドロという事は粘着質……つまりゲル状と言い換える事も出来るわ」
彼女はそこで一旦言葉を切り、かなり大げさな動作でノルスにビシッと人差し指を突きつけた。
「そう! 答えはゲルの手……つまり『ゲルーテ』よ!」
――ヒュー。
そんな効果音と共に、森の中を冷たい風が吹き抜けていったような気がした。
――それって。
「ただの駄洒落じゃねーか……まさかそんなのが正解だなんて事は」
僕の心中を、フォドが小さな声で代弁する。疲れ果てたような、それでいて呆れた声で。恐らく彼も、彼女の回答が明らかに間違いだと感じているに違いなかった。魔王を倒した素晴らしい名声の持ち主が、そんな親父ギャグっぽい問題を出す筈は無いと。答えは、もっと僕達の予想を遙か斜め上に突き抜けているようなものなのだと。
しかし。
「あーあ、また完敗か」
溜息をつきながら、ノルスは残念そうに肩を落とした。
「か、完敗ってどういう事?」
聞き捨てならない言葉を耳にして、僕は思わず訊ねる。ノルスが言うには、前にミレナと旅した時もこういった問題を出した事はあったらしいが、全て当てられてしまっていたらしい。
「今度ばかりは、自信作だったんだけどな」
「まあ、アタシに勝つのは百年早いわね」
「……ミレナって、なぞなぞは苦手って言ってなかったっけ?」
ふんぞり返っている彼女に、僕は若干呆れながらも訊ねる。彼女はその尊大な調子を崩さずに、
「ああいう辛気くさい場所に書かれてあるようなまどろっこしいのは苦手なの」
と、得意げに答えた。
「もっと、人の発想力を試すような直感的な問題の方が、アタシにはふさわしいわけよ」
「単に同レベルってだけじゃないのか……それ」
フォドのぼやきは、幸いにも彼女の地獄耳に入らなかったようだ。すっかり有頂天になっているので、多分そのせいだろう。
「そういえば、休憩を始めてからだいぶ経ったね」
そろそろ出発しようか、とノルスは僕達に提案してきた。目的地まではまだまだ先が長いし、ここでダラダラと過ごしていては後の日程に響いてしまう。反対する者は誰もいなかった。僕は立ち上がり、広げていた荷物を整理する。
「せっかく休み取ったのに、なんか頭がひどく疲れたぜ」
「情けないわね、あれくらいの問題で」
「ほっとけ!」
「それなら、俺と交代して後ろに回るかい?」
「ああ、そうする」
休憩前とは異なり、僕の後ろにはフォドが付く事になった。そして、僕達は再び森の奥へと進み始める。
「それにしても、君の閃きには恐れ入るよ」
「ま、今度はもっとマシな問題を用意しておく事ね」
周囲に警戒の目を向けながらも、親しげな会話を続ける二人。その姿をじっと見つめながら、僕は物思いに耽った。グランドドラゴンと会話した際、魔王の名が出た途端にミレナがひどく狼狽えたのは、恐らくノルスの安否を心配していたからなのだろう。もしかしたら、彼が強大な敵に殺されてしまって、もうこの世にはいないのではないか。そんな疑念が彼女の胸中に渦巻いていたに違いなかった。旅を共にした友人に抱く感情として、何らおかしい事は無い筈だ。
――でももし、それ以上の気持ちがあったなら……?
「おい」
「わっ!」
いきなり耳元で囁かれたので、僕は小さく飛び上がった。慌てて振り返ると、そこには心配そうに眉をひそめているフォドの姿があった。
「お前、大丈夫か?」
「え?」
彼の質問に込められた真意が、僕は全く読めなかった。
「大丈夫、だけど……」
僕の困惑に気が付いたのか、彼は頭に手をやりながら、言いにくそうに告げる。
「いや、さっきお前が、怖いくらい無表情だったからさ。どこか具合でも悪いのかなって思っただけだ」
大丈夫ならいい。そう言いきって彼は僕の肩をガッチリと掴み、再び前へと向き直らせる。談笑している二人の向こう側には、延々と続くかに思えるような木々達の群が姿を現していた。
薄暗い森の奥に何が潜んでいるか、今の僕には知る由も無い。




