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「ドロドロの手を持った植物?」


 彼の言葉を反復しながら、僕は首を傾げる。何となく、葉っぱの代わりに緑色の手が伸びている野花を連想してしまった。


「フォド、分かる?」


 ツンツン頭の少年に話題を振ると、彼はサッパリだとでも言うように両手でジェスチャーした。


「俺から言わせれば、この問題には決定的な矛盾があるね」


「矛盾?」


 彼に似つかわしくない理知的な熟語が飛び出したので、僕は目を見張った。彼はマントの端を指先で弄びながら話を続ける。


「だってよ、普通の植物に手なんか無いだろ」


「でも、魔物とかにはいるんじゃない?」


「そりゃ、いるかもさ。けど、こういうクイズっていうのはみんなが知っているから成り立つんだよ。『世界一大きなリンゴは?』、っていう問題の答えがカスピトレス・ミトレアンドロアップルだったらしらけるだろ?」


「……まあ、確かに」


 ――ていうか、カスピトレス・ミトレアンドロアップルって何だろう。


「あ、一応補足しておくけど」


 フォドの喋りを受けてか、ノルスが慌てた様子で話に割り込んでくる。


「さっきの問題は別に知識を試すようなものじゃないよ。答えは君達二人が既に知っているものさ」


 知っている、とは言われても全く身に覚えがない。ありったけの知恵を絞るも、それっぽい植物の姿は全く浮かばなかった。どうやらフォドも全く思いつかないらしく、小さく唸りながら考え込んでいる。そして、悪戦苦闘する僕達の姿を、勇者は満足げに観察していた。


「……おい、ちょっと耳貸せ」


 いきなりフォドに指示されて、僕は言われた通りに頭を彼に寄せる。フォドは僕の耳元で囁いた。


「何か思いついたか?」


「ううん、全く」


「俺もだ。だから、今回は共同作戦といこうぜ?」


「共同作戦?」


「俺達二人で知恵を出し合って、アイツの問題を解き明かしてやるんだよ」


「それならミレナも」


「いや、アイツはいい。いつも威張ってるし」


「そんな事したら後が……」


 ちょっと不安になり、僕はチラッと彼女を見やる。しかし意外な事に、彼女は口笛を吹きながら足を組み、倒木の上で寝転んでいた。


「ほら、アイツもクイズには興味がないらしいし。別にいいだろ」


「んー」


 色々と考えてみたが、確かに昼寝している様子の彼女を無理に起こす必要も無いだろう。僕は彼に同意した。


「じゃあ、まず問題文に関してだけどよ。多分『植物』っていう箇所には捻りが無いと思うんだ」


「うん、僕もそう感じる」


「だから『ドロドロの手を持った』の部分が答えを導き出す鍵になっているんだろうが……」


「それが分かれば苦労しないよね」


「まったくだぜ」


 二人同時に、はあ、という消沈の息が洩れる。それから程なく、僕達の作戦会議が始まりを告げた。




「ドロドロっていうのがミソなんじゃないか?」


「手を持った植物、でも答えは浮かばないしね」




「あ、もしかして手って触手の事じゃないかな?」


「なるほど! そういう考え方もあるか」




「いや、待てよ。もしかしたら俺達はとんでもない間違いを犯していたのかもしれない」


「どういう事?」


「『ドロドロの手を持った』、植物じゃなくて、『ドロドロの手』、を持った植物という可能性もある気がしてさ」


「あ、それは盲点だった。手を抱えてるって事だね」




 しかし、どれだけ議論を積み重ねても一向に解答が閃かないまま、いたずらに時間だけが過ぎていった。


「もうそろそろ出発しなきゃだけど……みんな、答えは分かったかい?」


 ノルスがそう呼びかけた頃、僕とフォドは考えすぎによる脳のオーバーヒートを起こし、すっかり放心状態になってしまっていた。僕達が答えを導き出せなかった事を悟ったのか、ノルスは嬉しそうに白い歯を見せて笑うと、


「ふっふっふ、どうやらお手上げのようだね」


 と、勇者のものとは微塵も思えないような台詞を呟きながら満足げに頷いた。


「ああ、お手上げだから早く答えを教えてくれ」


 息も絶え絶えに正答のお披露目を促すフォド。その言葉を聞いてノルスが口を開きかけた、まさにその時である。


「だから言ったじゃない、深く考えるなって」


 いつの間にか昼寝から覚めていたミレナが、大欠伸と共に背伸びしながら口を開いた。


「もしかして、ミレナ分かったの?」


「勿論よ、アタシを誰だって思ってるのよ」


「どうせ、頓珍漢な間違いだろ」


「なあんですって!」


 口を尖らせて呟くフォドに対し、彼女はカンカンに怒って目に豪快な炎を灯す。しかし、今回ばかりは僕も信じられなかった。あの、いつもヘンテコな間違い回答ばかりやらかすミレナが、僕とフォドが知恵を出し合っても無理だった問題を解決出来るだなんて、全く思えない。


「ん、君は分かったのかい?」


 挑戦的なノルスの問いかけに、ミレナは不適な笑みを浮かべ、そしてビシッと彼を指さした。




「当たり前でしょ。アタシとコイツらの発想力を一緒にしてもらっちゃ困るわ」




 ――どうか、頓珍漢な答えでありますように。


 多分、僕とフォドが心の中で呟いた言葉は全く一緒だったと思う。

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