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 地下十階でも感じた事だが、遭遇したくない時には嫌でも遭遇してしまうのに、会いたい時に限ってゴブリンは姿を見せてくれない。だから、じっと目当ての場所で待ち続けなければならないのである。


「はーやく来い来い、ゴブリン来ーい」


 暇なので適当に作った歌を呟きつつ、安全だと既に確認している小部屋の入り口から通路を見張る。


 しばらくして、通路の奥からか細い足音が聞こえてくる。僕は慌てて部屋の中に身を隠した。そして、予め用意していた小石を一握り掴んで、足音がやってくるのと逆方向の通路奥をめがけて力一杯放り投げる。石達はそれぞれ山なりの放物線を描いて飛んでいき、壁にぶつかって、コツンコツン、という小気味良い音を立てながら床にパラパラと落ちた。


「ゴブ?」


 戸惑いの声が耳に届く。僕は忍び足で小部屋の隅まで移動し、小部屋を通り過ぎるターゲットの視界に入らないように、輝石が放つ光を両手で包んで遮りながらじっと身を縮こませた。


 やがて、ゴブリンは部屋の前を通って石を投げた通路側へと歩いていく。悲鳴が聞こえないという事は、どうやらこの通路に落とし穴は存在していないらしい。


 となると、作戦は次の段階に移る。


 ――尾行、尾行っと。


 音を立てないように忍び足で、目の前だけは確認出来るように重ねた両手に少しだけ隙間を作って僅かに周囲を照らし、僕はゴブリンの後について歩き始める。最近になってようやく気がついたのだが、ここのゴブリン達はどうも明かりに対しても鈍感らしい。音にも鈍いなら、光にも鈍いのだろうか。元々、ここのダンジョンは真っ暗闇なので、視界はあっても無いようなものだろうなとは思う。けれども彼らは僕の姿をしっかりと確認出来ているし、よく分からない。全ては謎である。


 ゴブリンに感づかれないよう、十分な距離を取って通路を歩く。しばらくして、ゴブリンがある小部屋に足を踏み入れた途端。


「ゴブッ!?」


 短い悲鳴を上げて、ゴブリンの姿は地面の底へと消えてしまった。これで、新たな落とし穴が一つ見つかったわけだ。


「……なんか、時間が経てば経つほど、ゴブリン達がいなくなってしまう気がする」


 どうやら、彼らが穴に落ちきってしまう前に階段へとたどり着いた方が良さそうだ。






 そんなこんなでゴブリン囮作戦を僕は引き続き実行していたのだが、そうそういつも上手く成功するわけではなく。


「ゴブー!」


 やはり、時々は見つかって追いかけられてしまう。


 そして、そのうちの何回かは倒れてしまうわけだ。転んで追いつかれてしまったり、挟み撃ちにあって袋叩きにあったり、そして。


「あっ!」


 うっかりと落とし穴を踏んでしまったり。そして、今回もまた、僕は恐ろしい臭気を発する植物の毒牙にかかって気絶したのであった。






「……うう、もう、あんな思いは味わいたくないよ」


 強制送還された僕は脳裏にあの強烈な臭いを思い返してしまい、酷い吐き気に襲われた。


「運があるのか無いのか分からないや。どうしていつもいつも植物の真上に落っこちるんだろう」


 おかげで床に激突といった事態は避けられているのだが、落とし穴に引っかかっている時点で幸運だとはとても思えない。


「……あれ?」


 その時、僕はふと閃いた。




「もしかして、落とし穴があるのって、『地下八階の植物上』なのかな」




 思い当たる節があり、僕はもう一度、この階の掲示板を読み返す。




 『ヒントは、少し頭を使う事だね。目の前だけじゃなくて、下の方にも気を配るんだ。気づいたら、後は簡単に進む事が出来るよ』




「この『下の方にも気を配るんだ』って文章……今までは『落とし穴に気をつけろ』みたいな意味だと思ってたけど。本当は『下の階の植物をしっかりとチェックしろ』って意味だったのかな」


 取りあえず僕は地下八階に引き返してみる事にした。






 結論からいえば、答えはドンピシャだった。


 地下七階で既に落とし穴があると判明していた場所の真下辺りには全て例の植物が生い茂っていて、中には上からの重みで少しひしゃげている形跡のあるものもあった。ゴブリンの姿が見えない事は不思議だったが、ひょっとすると彼らはこの植物の放つ花粉に強い耐性を持っているのかもしれない。


 それから、僕は地下八階と地下七階を往復して、どこに落とし穴が存在するかを徹底的に調べた。その途中で、僕はもう一つ便利な事に気がついた。


 このダンジョンは上層へ上っていくにつれて、だんだんと広さを増している。つまり、地下七階の外周の辺りは地下八階ではダンジョン外なのだ。従って植物も真下に存在しないから、落とし穴もまた存在しない。それらの事実が明らかになってからは、地下八階の探索もだいぶ楽になった。


 それでも何度か不覚を取ってしまい、ゴブリンに倒されたり罠に引っかかってしまったりもしたが、五十よりはずっと少ないやられ回数で、僕は階段を見つける事に成功したのだった。


「これで、やっとあの変な植物とも本当にオサラバ出来る筈だよね」


 僕は安堵から胸をなで下ろし、喜びを噛みしめながら地下六階への階段を上った。

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