第九話
彼方の身体がゆっくりと傾いでいき、ドサッと重い音を立てて、硬い地面に横たわった。
良紀はそれを、某然とした表情で只々見ている。
「かな…た」
その小さな呟きを聞きとめたのか、男は良紀の方を見て歩いて来る。
いや、正確には良紀では無くそれより後方でパニックに陥っている男達を見ている。しかし、その足は良紀の方を向いている。
「面白い。どうやってるんだ?」
良紀との距離が後二、三歩まで近づいた所で男は立ち止り、やっと良紀を視界に映した。
そして、ニカッと笑い問う。
その笑いは厭らしいものではなく、むしろ快活なものだったが、異能者を昏倒させたばかりという状況を踏まえると、どこか歪んだ印象を与えた。
「サポーターなのに、何でそんな強いんだ?あれより、お前のが強いだろ?」
言いつつ彼方に目を向ける。
それでも反応が無い良紀を見て、つまらなそうに眉を落す。
「反応が無きゃ…………
面白く無いだろっ!」
一気に距離を詰めて殴りかかってきた男に良紀は対応出来ないかに見えたが、その拳は宙をきることになった。
良紀は既に、男の左後方へと移動していた。
「そんな長い間、呆けてる訳無いだろ。」
その声が、余りにも自分の近くから聞こえてきたことにギョッとし、全力で逆方向へ飛びすさる。
しかし、すぐに追従して来た良紀に殴られ、仰向けに吹っ飛び、背中を地面に擦りながら止まった。
「何でそんなつよ………さっきはもっと弱そうだったのnガハッ!!」
言葉を発しようとするが、腹部を容赦なく踏みつけられ、呻きを洩らす。
その様子を無表情に見下ろし、おもむろに足を上げると、体重をかけて再び寸分違わぬ所に降り下ろす。
脚が退かされるかと一瞬期待に輝いた顔は、直ぐに苦痛を耐える表情へと変わった。
三度脚を振り下ろそうと、良紀が構える。
しかし、その脚が腹部を直撃する事は無かった。
良紀はバッと後ろを振り返ると、男を見る事もせず、無造作に首を踵で踏み潰した。
ゴキッという音と共に、皮膚が破れて血が垂れる。
男は恐怖に歪ませた顔のまま、瞼を閉じることも無い。
良紀が彼方の下へ駆けつけると、朦朧とした状態ではあるが、目を覚ましていた。
「彼方!」
「……だい…じょう、ぶ………。」
そう言うが、彼方の全身には無数の傷があり、太腿の傷口からは未だに血が流れている。
多量の失血で彼方の顔色は青を通り越して白くなり、身体は冷え切っている。
どうみても大丈夫では無い。
むしろ、放置すれば命に関わる。
目を覚ましたのは一瞬で、すぐに気絶した彼方を良紀は抱え上げる。
所謂『お姫様抱っこ』で。
いつもではあり得ない顔の近さにドギマギして彼方の顔を見つめるが、すぐにそれどころでは無いと思い出すと、全速力で寮へと向かった。
………物言わぬ死体となった、男達の亡骸の事は完全に頭から抜け落ちていた。
次の次くらいからやっとで学園の話に入ります。
ジャンルは学園なのに……