第7話
「部長!」
綾嶺と一緒に部室に入った御上を後輩の威勢の良い声が迎える。
「待ってましたよ!」
こいつはいつも元気だな、と思いながら御上は椅子に座って雑誌を広げる。
綾嶺は後輩と二三言葉を交わしつつ御上の隣に座り、
「御上君……私がいない間に何かあった?」
「んー」
御上は腕を組んでここ数日の記憶を思い起こす。
何もなかったような気がする。
というか、御上は綾嶺がいない間は部活らしい事は一切していない。
その状態を綾嶺にしてみれば何かあったと言えるかもしれないが、
「ああ、地学部のはやて先輩が会いに来たぞ」
その時は御上が応対したのだが、綾嶺が来ていないと告げると出したお茶を飲んでさっさと帰ってしまった。
「用件は聞いてないけどな」
「……」
御上にとっては何気無い言葉だったが、何故か綾嶺は沈黙した。
たっぷり十秒。
それだけの時間をかけ、
「……そう」
やっとそれだけ口にする。
はて。
地学部と何かあったのだろうか。
交流自体がそう多くないのでいさかいが起きる理由には思い至らない。
はやて先輩も、ちょっと変わっているが気の良い先輩である。
御上が首を傾げていると横から後輩が割り込んでくる。
「お隣の余斗さんも会いにきてましたよ」
今度は綾嶺の表情が一気に曇る。
ちなみに隣とは崖っぷち同好会だ。
御上もあまり関わりたくないので綾嶺が態度を変えたのも分からないではない。
「ハルカちゃん……あの境界のかまってちゃんに関わっちゃ駄目よ……今度私がいない時に来たらこれを使いなさい」
そう言いながら綾嶺はロッカーを開けてさすまたを取り出す。
(何でそんなもんが入ってんだよ)
御上は心の中でツッコミを入れたが、程なくして昨年度の終わりに綾嶺が部費で購入していた事を思い出した。
その時も、年末の道路工事じゃねーんだからよ、とツッコミを入れていた気がする。
「先輩先輩」
綾嶺がさすまたを槍のように持って突く動作を始めたのを眺めていた御上は、横から後輩に肩をちょんちょんと突っつかれた。
「何だ?」
「境界って何ですか?」
そう来たか。
御上は腕を組んで顔をしかめた。
さて。どう説明したものか。
「そりゃあれだよ。屋根に十字架が乗っかってる」
「ああ! チャーチですか」
「ボーダーよ……正確に言うと境界性……」
「お前は黙ってろ!」
後輩に要らん知識を植え付けようとする綾嶺を御上は一喝。
すると綾嶺は不貞腐れたような、面白くないような顔になった。
御上は間違いなく正しい事をした筈なのでそんな態度は心外だった。
「私はただハルカちゃんに教えてあげようとしただけよ?」
言いながら綾嶺はさすまたを御上の首に引っ掛けた。
「御上君も……あの淫奔な女に誘惑されても付いてっちゃ駄目よ?」
「お前はさっきから何を言ってるんだ」
阿呆な掛け合いに御上は軽い頭痛を覚えた。
ついでに何となく懐かしさを感じてちょっと自己嫌悪した。
「さて……確認も済んだ事だし……部活を始めましょう」
後輩は「わーい」と両手を上げるが、対照的に御上はどんよりとした気分になった。
実の所、綾嶺は自分の好き勝手に出来る部活が作りたかっただけで名称や表向きの活動内容はどうでも良かったらしい。
御上が聞いた所、部の名称はどこかの掲示板で募集したらしい。
なので名前と活動実態の間に関係はないのだ。
御上はこの部活に入るに際して図書室で測量関係の資料を捜した事があるが、それは完全に徒労だった。
無言のまま測量関係の資料を返しに行ったのを思い出してしまう。
後から聞いた話ではその時の自分はやたら哀愁を漂わせていたらしい。
まあいいか、と御上は肩を竦める。
どうせ今日は予定はないし。
「で? 今日は何をやるんだ」
「メンヘラに付き纏われた時の後腐れのない別れ方講座」
「……やめろ」
「じゃあ……実際の被害者を招いてメンヘラがいかに恐ろしいかを……まだ校内にいると思うし」
「もうそのネタはいいんだよ! ってかこの学園に被害者がいんのかよ!」
「今の質問だけど……一年の……」
「いいんだよ、言わなくて! 知り合いだったら気まずいだろうが!」
部室に御上の大声が響き渡った。
「はあはあ……」
「部活の前からお疲れね……御上君」
「誰のせいだ、誰の!」
ぜいぜいと肩で息をしながら机に突っ伏す。
綾嶺が何か言ってくるかと思ったが、特に何もなかった。
意外に思っていると後輩と綾嶺が何か話しているのが聞こえた。
「部長、ずっと気になってたんですけど、これって何ですか?」
「ああ……これはモノポリーね……ハルカちゃんが入部する前までは御上君とやってたの」
「どんなゲームなんですか? ボードゲームみたいですけど」
「ルールを説明するなら……実際に遊びながらの方が覚えやすいでしょうね…………御上君」
綾嶺は突っ伏している御上の肩を揺する。
「今日の部活は久しぶりにモノポリーをしましょう」
「……」
揺すられながら御上は活動内容が変更になった事も、新しい活動内容も悪くないと思った(明らかにボードゲーム部に行けという内容だったが、御上は気にしない。モノポリーがボードゲーム部からの借り物という事も含めて)
ゲームは人数が多い方が楽しいものである。
以前、二人でババ抜きをした時はひたすら不毛だった(何故か綾嶺が結構楽しげだったのが御上には不思議でならなかった)
「よーし。それじゃいっちょやってやるか」
「負けないわよ」
「私も頑張ります! ビギナーズラックです!」
それから三人は机を囲んで心行くまで楽しんだ。
ちなみに、結果は本当にビギナーズラックが発動して御上が最下位だった(初心者だと序盤~中盤で手を抜いていたので仕方ないが)




