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第3話

「御上、昼飯を食おう」


 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、教師も出ていったので席を立って友人である御上錬冶の所に移動する。


「ぅん? しょうごか?」


 その友人は教科書を立てて顔を伏せていた。

 どうやら授業の間は夢の中にいたらしい。

 尤も、自分も授業中は夢心地だったので非難する事は出来ない。


「授業は終わってたか……」


 御上は瞼を擦りながら机の横に下げた鞄から弁当箱を取り出す。

 二人での昼食なら一つの机で十分だし、前の席の生徒は食堂に行っていて不在なので丁度いい。


 御上の弁当はピラフに唐揚げにシューマイに鮭の切り身。

 見事に冷凍食品で構成されている。

 その事を指摘すると眉を潜めてムッとした表情になる。


「お前と違って一人暮らしは家事が大変なんだよ」

「非難した訳じゃないけどな」


 自分も昨日の残りの炊き込みご飯と漬物なので大差はない。


「たくあんくれ」

「ほらよ」


 たくあんを二つ、箸で御上の弁当箱に移し代わりに唐揚げを貰う。

 食事中は等価交換が基本なので文句は出ない。


「そういえば、あの話は考えたか?」

「あの話? ああ、あれか」


 御上は箸の動きを止め、持っていた弁当箱を机に置く。

 食べたままでも問題なかったが昔から変な所で律儀な男だ。

 あの話とは部活の変更についてである。


「二年になってから部活を変わるつもりはない。運動部なら尚更だ」

「あの変な部よりは有意義だと思うが?」

「ボケッとしてても注意されない分、あっちの方がマシだ」


 それで意思表示を終えたのか食事を再開する。

 部費増額の野望はあっという間に潰えた。


「俺は構わないがな。あの噂の信憑性が強固になるだけだし」


 つまらないのでちょっとからかって見る。


「あの噂?」


 おお、食いついた。

 そうなると残酷な嗜虐心が鎌首をもたげてくる。


「知らないか? いや、この手の噂は本人のいない所でするものか」

「だから何だよ」


 周囲に視線を走らせ御上に顔を近付け、これから内緒話をしますよと暗に仄めかす。


「お前は元々部長と付き合っていたが可愛い新入生が入ってきたのであっさりそっちに乗り換えた。捨てられた部長はショックで学校に来なくなった。みたいな」


 御上は目を見開き、口をパクパクさせて絶句する。

 箸を持つ手は力を失い箸は音を立てて机に落ちる。

 だが、御上にとっては些末な問題らしく両手を力強く机に叩きつけ激しい剣幕で捲し立てる。


「おかしいだろ! あいつは一年の頃から不登校だったろうが」

「当時はお前が暴力を振るったんじゃないかって」

「第一、なんで俺があいつと付き合ってるって話になんだよ!」

「それに関しては仕方ないだろ。一年が入るまであんな部に二人だけでいればな」


 御上は言葉に詰まり、顔の筋肉をひくひくと痙攣させる。


「彼女もそんなに悪くないと思うがな」

「てめえのセンスが壊滅的に狂ってる事はよく分かった」

「楽しいし面白いし」

「一歩引いた所から傍観してりゃあな」


 その発言はそれとなく親密だと匂わせているのだが、本人は気付いていない。


「噂の出所は?」


 噂なんて下手に否定しても逆効果なので無視するのが一番の解決だと思うが、御上は元を絶つ気らしい。


「九条……」

「恭華か!?」

「恭華だ」

「あの女……!」


 自分達の知り合いには何人もの九条がいるのだが、どうやら二人とも同じ人間を連想出来たらしい。

 これも幼馴染みの為せる業か。


「この時間は何処だ?」

「食堂で女友達と食事か談笑だろ」


 よし、と頷く御上の目には怪しい光がある。

 大方文句を言いに行くつもりだろう。

 そして、相手の出方にもよるが高確率で話し合いには留まらない。


「御上。殴り込むのは勝手だが、放課後にしろ」

「何でだ? 校外でやれってか?」

「場所は関係ない。ただ、食後すぐだと周囲の人間が大変だろ。掃除が」

「舐めんじゃねえ。あの女にはいい加減思い知らせてやらないとな」


 御上はそのセリフを一ヶ月に一度のペースで言い続けている。

 つまり一回も成功していないのだ。

 あの二人の力関係は子供の頃からなので、今更変えられるとこっちが戸惑うので成功してほしくないが。


 御上は食べかけの弁当を鞄にしまうと一目散に教室から駆け出す。

 教室にいた人間が何があったのかとこちらを向くが曖昧に濁しておく。


 才色兼備で(表面上の)性格も良くクラスの中心人物である九条恭華に喧嘩を売るとはいい度胸だと称賛を送りたい。

 まあ、御上の評価が下がる前にさっさと決着がつきそうなのは奴にとって幸いだろう。

 そも、さっきの“噂”は昨日恭華と話していた事であり、つまりは出鱈目だ。

 なので御上の行動は徒労だったりする。

 とは言え、あの二人が付き合っているのではないかというのは二年生なら誰でも一度は考える事なのであながち出鱈目とも言えないが。


「しかし」


 あそこまで露骨な反応を示すとは思わなかった。

 一年もの付き合いだし、ないがしろに扱う事もないだろうに。






 五時間目が始まる直前、御上は壁に手を付き、這う這うの体で教室に帰還した。

 全身に埃やゴミが付着し、髪はぼさぼさで制服はよれよれだが、何も聞かないでやるのがせめてもの情けだろう。


 というか、何が起きたのかは大体分かる。

 “噂”は自分のでっちあげだったのだが、御上は場所も弁えず言ったのだろう。

 「俺があいつと付き合ってるとか捨てたとかふざけた噂を流しやがったな」と。

 そして、それだけで事情を察した恭華の奴は煽ったのだ。

 それはもう執拗に。

 「あら。密かに愛を育みたかったのかしら。ならご免あそばせ~」とかそんな感じで。

 すると額に怒りマークを浮かべた御上が奇声を上げつつ恭華に飛びかかる。

 だが恭華に軽くあしらわれて地面に倒れ伏す。

 そんな所か。


「件の部長殿がいたらもっと面白かったんだがな」


 視界の端で御上が椅子に座る。

 氷の入ったお茶が余っているので慰めにくれてやるか。

 そんな事を考えながら席を立つ。



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