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第2話

「先輩。この子どうしましょう?」


 部室に入ってきての第一声がそれだった。

 主語を抜かして喋られても理解出来ないので仕方なく読んでいた雑誌から顔を上げる。


「……その子はどうした?」


 後輩は一匹の三毛猫を抱えていた。




 話によると部室に来る途中の廊下にいたのを可愛いからという理由で捕まえたらしい。

 しかし、捕まえて気付いたが首輪をしているので野良猫ではなく飼い猫のようだ。

 よく見ると毛並みも艶があって厳しい野生の世界を生きてきたようには思えない。

 とにかく飼い猫なら飼い主の元に返してやらねばならない。

 そんな経緯を経て先のセリフに繋がる。


「立派な心がけだ。頑張れよ」


 疑問が氷解したので視線を再び雑誌に落とす。


「先輩も手伝ってくださいよ! 飼い主捜し」

「やだよ。めんどくさい」

「そんなこと言わないで。飼い主の人も心配してますよ」

「そして猫にも帰る気があるならそのうち引き合わせてもらえるだろうさ」


 見たところ首輪には連絡先等の情報はないが、耳が齧られているのと三毛猫の癖に雄だというのは大きな特徴だ。

 飼い主を見付けるつもりなら自分が手を貸さなくても存外簡単にいきそうな気がする。

 後輩も同じ結論に達したのか猫を抱き上げてくるくる回りながら今後の心積もりを喋りだす。


「取り敢えずモールで猫捜しのチラシがないか確認して、それからキャットフードを買って……ああ、でも、やっぱり新鮮な魚の方が良いですかね?」

「猫が魚好きってのは俗説だぞ」

「マジですか!」

「大マジだ。まあ日本の猫に関しては魚好きかもしれないが」


 猫が魚好きだとしたら内陸部に住む猫はどうしたらいいんだ。

 今ならまだしも交通機関や食物の保存の技術が未熟だった昔は堪ったもんじゃない。


「……」


 部室中を歩き回っていた後輩が近くに来たのでちらりと目を遣る。

 手伝うつもりはないがちょっと興味を引かれるのも事実である。

 ほっぺを目指してそっと人差し指を近付けてみる。


「――っ!」


 引っ掻かれた。

 後輩は猫の腹を抱えていたので自由に動かせる前足でばっさりと。


 犯人? はにゃあ、と一鳴きし、『下賎な人間が触れるな』的な目を向ける。

 この畜生が。

 ナイフでその爪を綺麗さっぱり切り取ってしまおうか。


 ……猫相手に本気になるのは阿呆みたいだな。


「猫なんて気難しくて自分勝手でペットには不向きだな」


 よくアンケートで犬派か猫派かを尋ねるが自分は断然犬派だ。

 観賞用としてなら猫も悪くないのだが飼い主との信頼関係が違いすぎる。


「でも犬と猫は祖先が同じだって聞きますよね」

「んなこと言ったら地球の生物は全部元を辿れば海から生まれてるだろ」


 衛生的に大丈夫かとも思ったが引っ掻かれた指先が痛むので舌で舐める。

 気のせいかもしれないがそれだけで痛みが引いたように感じる。


「そういえば、あいつも猫飼ってたな」


 名前は確かキャスパリーグだのケット・シーだのバステトだの。

 ネーミングセンスが実にあいつらしい。

 今度名付けるとしたらシュレディンガーあたりか?


「あいつって部長ですか?」

「そうだ。前にそんな話をした」

「どういう成り行きで?」

「子猫が産まれたから飼わないかって。寮での一人暮らしだから断ったが」


 残念ながら規則を侵したり世話に時間を割くだけの魅力を感じなかった。

 子猫にしても自分に引き取られるよりちゃんとした家の方が幸せだろう。

 向こうも儀礼や惰性で持ち掛けただけだったようなので特に罪悪感もなかった。


 その部長殿はというと今日で欠席三日目。

 あいつの不登校は不規則で一日で終わる事もあれば一週間経っても出てこない事もしょっちゅうなので現段階での心配は不要。

 一年の時は出席日数の不足による留年の危機だったらしいが自分は与り知らぬ問題である。


「ああ!」


 突然の叫び声に何事かと振り向くと、猫が後輩の腕からすり抜け軽やかな挙動でサッシに飛び乗り開け放っていた窓から出ていってしまう。

 せっかく後輩が世話に乗り気になっていたのに。

 やっぱり猫は自分勝手だ。


「……行っちゃったな」

「……行っちゃいましたね」


 後輩はがっかりしたように肩を落とすが、猫本人の意思なのでしょうがない。

 甲斐甲斐しく世話をしてくれるというのに、それを蹴って何処に行くかは知らないが、今だけは飼い主に会えるように祈ってやろう。

 その後、後輩が勝手に語りだした今年の抱負を適当に聞き流したり、目ぼしいバイトにチェックを入れたりして部室での時間を過ごす。


 それは放課後の何気無い一ページ。



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