第12話
その日の情報の授業は直前になって教師の欠勤が伝えられ、丸一時間自習になった。
自習の本来の意味は自分で学習や練習をする事なのだが、学校的に解釈すると休憩時間の延長を意味する。
真面目な生徒は予習や復習をし、一部の思春期の生徒は何とかフィルタリングを解除してエロいサイトを見ようと四苦八苦している。
御上もどちらかといえば後者に近い。勉強する気が起きないので適当にインターネット上のサイトを巡回していた。
「ん?」
そんな時、あるサイトが目に留まった。
【病院食】嫁のメシが不味い【うめえ】
そこに書かれていたのは人間の三大欲求の一つである食欲を満たす事を禁じられた憐れな者達の体験記だった。
「……大変だな」
本来の意味とは違うが、結婚は人生の墓場というやつかもしれない。
「……どうしたの?」
御上がモニター越しに同情の念を送っていると、隣で観測会のホームページを更新していた綾嶺が身を乗り出しながら尋ねてきた。
「ああ、これだよ、これ」
御上は自分の呟きを聞かれた気恥ずかしさを誤魔化すように画面を指差す。
「……」
綾嶺はしばらく無言で画面を眺め、
「……大変ね……これが人生の墓場というやつかしら」
御上と同じ感想を抱いたらしい。
「アニメや漫画で、たまに食った瞬間に人が倒れるような料理作る女がいるが、あれどうなんだろうな? 腕もそうだが事前に味見とかしないんだろうか」
御上は人より上手い訳ではないが、レシピを見ながら作ればちゃんと食える物が出来るのだが。
「メシマズは大別するなら……味見しないタイプと味覚がおかしいタイプに分けられるかしら」
「ふーん」
「自論だけど……味見をしないメシマズと味覚がおかしいメシマズなら後者の方がマシ……後者には悪意がないから……前者は料理に携わる者として最低限のマナーすら守っていない」
「どっちだろうと実際に食う方は堪ったもんじゃないと思うけどな」
「後者はその食生活で体調を崩してないんだからまだ安心だけど」
「そういう考えもあるか。なら問題は味見をしない前者、これは何なんだろう」
「彼女達は自分の力を過信して工夫という名の劇薬を加える……こういうタイプはプライドが高くて他人に頼らなかったり……何故か自分のやる事は正しいという妄想に取り憑かれているの……だから味見もしない」
「面倒臭ぇ」
知り合いに女は面倒臭いから嫌いだと公言して憚らない男がいるが、ちょっと気持ちが分かった御上であった。
「他には……レシピ通りに作って美味しかったならそれは著者の功績……だから自分なりのアレンジで褒めてもらいたい乙女心」
「その乙女心で何人の男が泣いたんだろうな」
乙女心なんて目に見えないものの為に志半ばで倒れて行った男達が不憫だ。
「その乙女心は結局自己愛から発したものだもの……男が二の次になるのは仕方ないわ」
「毒舌だな。お前はそういう乙女心は分からない口か?」
「……私はアレンジしても料理を失敗しないし」
「さいですか」
「なんなら……今度お弁当でも作ってきてあげましょうか?」
「……いや、確かにお前の料理美味いけどさ、手を煩わせるのも悪いし」
それにあまり恩を売り過ぎると後が怖い。
「……そう」
綾嶺は表情を変えずに自分のパソコンに向き直った。
彼女としてはこの話題は終わりらしい。
「……」
ふと、ホワイトボードの横に設置された時計に目をやると、授業終了の五分前を指していた。
周囲を見渡せば既にパソコンの電源を切って帰る準備をしているクラスメートもいる。
「俺もそろそろ帰る用意するか」
今から新しく何か始めようとしても中途半端な事にしかならないだろう。
御上は散っていた漢に内心で一礼してからウィンドウを閉じた。
食器や皿を洗っている時に意味もなくスポンジをにぎにぎしていて思いついたネタ。
没台詞
「塩を入れすぎても砂糖で中和出来ると思ってる人もいるわね」




