第11話
休日。
特にする事もなかった御上は自転車で近くのデパートに来ていた。
空調の効いた店内で涼みながら適当にぶらぶらしていると、
「あー! 先輩じゃないですか!」
背後から聞こえる自分を呼ぶ声に御上は小さく溜め息を吐いた。
人目も気にせず大声を張り上げる知り合いは一人しかいない。
「お前か……」
振り返ると後輩である所のハルカが手をぶんぶんと振りながら走り寄ってきていた。
「偶然ですね、先輩」
「そうだな」
地元で一番大きなデパートなので偶然でも起きやすい方である。
「先輩先輩、これから何か予定はありますか?」
「いや。一日中暇してる」
何か宿題が出ていた気もするが、そんなものは授業の直前にやればいい。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれません?」
「別にいいが、何をするんだ?」
御上の質問には答えず、ハルカは手を引いてデパートの地下に向かう。
そこでは飲食店が多く営業しており、御上が連れられて訪れたのもケーキショップだった。
「今日はカップル割引なんですよ」
「らしいな」
店の前に置かれた看板にはピンクのハートマークで囲まれた「カップル三割引き」の文字が。
この制度を利用するという事は、周囲からカップルとして見られるという事だが、無気力気味な御上と店の経営戦略に釣られたハルカは気にせず、ハルカが御上をずるずると引き摺る形で入店していった。
「さあーて! 今日は食べますよ!」
ハルカはトングを打ち鳴らしながら目を瞬かせ、皿にケーキだのプリンだのアイスだのを乗せていく。
特別甘いものが好きな訳ではない御上も割り勘なので次々と自分の皿に乗せる。
皿一杯にデザートを乗せると二人は席に座り、間食と雑談を始める。
「お前はこの店にはよく来るのか?」
「今日が初めてです。同級生にティナさんっていう留学生がいるですけど、その人にここを教えてもらったんです」
「へー」
御上は相槌を打ちながらフォークでショートケーキを分けて口に運ぶ。
二人の通っている学園は結構な規模があり、留学生はそれほど珍しくない。
御上の天文部の部長も留学生だった筈だ。
(あれ? あの人は帰国子女だったか。いや、でも明らかに日本人じゃないしな)
曖昧だったが、件の人物とは関わらないようにしていたので曖昧なままで問題ないと思考を打ち切る。
「そうそう」
ケーキを切り分けるフォークの動きを止め、ハルカは神妙な表情になった。
「同級生から宗教に誘われてるんですよ」
「宗教、ねえ……」
「ベタベタだかヌルヌルだかヌメヌメだかいう宗教なんですけど」
「やめとけよ」
宗教観の薄い御上にしてみれば入信する事は百害あって一利なしである。
苦しい時などに縋れるものが必要なのは分かるが、それならハルカには必要ない。
「そうですねぇ。折角誘ってもらって申し訳ないけど断っときます」
「そうしろ」
「そういえば、ずっと聞きたいと思ってた事があるんですよ」
「何だよ」
「部長との馴れ初めを聞きたいと思って」
「馴れ初めってお前な……」
何故女はこういう事が気になるのかと御上は首を捻った。
そもそも恋人でも何でもないのだが。
「まあ、出会いの場面なら話すが」
ハルカは意外としつこい。
取り敢えず何か話して満足させなければ。
「入学してから一週間した時に席替えがあったんだ。そしたら隣になった」
それまでは名字順だったので接点はなかったのだが、それ以来御上の生活は一変してしまった。
「ほほう。まさに運命の出会いだった訳ですね。英語で言うなら「destiny」」
「「doom」だよ」
やれやれと溜め息を吐いた御上は店員の視線が自分に集まっている事に気付いた。
最初は自分達の話し声が大きかったのかと思ったが、耳を澄ませた限りでは店内のBGMや他の客の声も大差ない。
「何なんですかね。初めて来た客に不躾な」
「初めてじゃないぞ」
「あれ、そうなんですか?」
「ああ。この間あいつと来た」
「あいつって、部長ですよね?」
「そうだよ」
その時も御上は今日のように暇つぶしにデパートに訪れていた。
そして偶然本屋で綾嶺と出会い、綾嶺が男女ペアで割り引きされる店(二人の現在地)に行ってみないかと提案し、御上がそれを了承したのだ。
「それでいちゃいちゃしながらデザートが更に甘くなるような会話をしてたんですね!」
ハルカは周囲の視線の事などすぐに気にしなくなり、御上と綾嶺の話に食い付いてきた。
「部員を増やすにはどうしたら良いか聞いてきたから、適当に受け流しといた」
ただでさえ多種多様な部活があって勧誘も盛んなあの学園において、「早明浦観測会」等という奇天烈な部に入りたがる人間がハルカ以外にいるとは思えない。
複数の部活に在籍する事も可能だが、それをさせるだけの魅力があるとは御上には思えなかった。
「楽しい部なんですけどね」
「わざわざうちに入らないと出来ない事は一つもやっていないがな」
何というか、広く浅くといった感じだ。色々やっているが、専門には敵わない。
「夏や冬に大きな祭りがあるから手伝えとかも言ってきたな」
御上は去年も締め切りに間に合わないとか言われて手伝わされたが、あんな思いはもう御免だった。
顔を突き合わせてベタ塗りをしたりスクリーントーンを張り付ける作業は拷問としか表現出来ない。
綾嶺が腐っていない事がせめてもの救いだった。
「それで部長と何かあったんですか?」
「あいつ、あそこにある唐辛子パフェってのを食べてな」
店内の一角を指差す。
パフェというと普通はアイスの白が基調となっているのだが、問題のパフェは目を刺激するような赤だった。
ストロベリーのようなピンクに近い赤ではなく、唐辛子の真っ赤である。
店側もネタとして用意したのだろう。
「食った瞬間に涙目になってな。可哀想だと思って俺の飲み物を渡したんだが、うっかりしてた」
この店のネタ商品は唐辛子パフェだけではなく、唐辛子シェイクというものもある。
「ダブルパンチで殆んど泣いてたな」
顎に手を当て、その時の事を回想する。
綾嶺はテーブルをバタンと力強く叩くと両目に涙を浮かべながら、
『こんな仕打ち……酷い! 今まで尽くしてきたのに!』
とか何とか言いながら、
「帰っちゃったんですか?」
「元々予定があるとか言ってたからな。というか、俺と会った時点で予定の場所に行く途中だったみたいなんだ」
そこまでして甘いものが食べたかったのだろうか?
女の甘味にかける執念は男である御上には想像出来ないものがある。
「ねえねえ、見て見て。あれってこの間の」「浮気して捨てたって聞いたわよ?」「女の子を泣かす男って最低よね」「ねー」
「……」
視線の謎は氷解したが、何だか勘違いされているらしく、御上は居た堪れない気分になった。
「結構食ったし、そろそろ帰るか」
「ああー、そうですね」
ハルカは椅子から腰を上げ、財布を取り出す。
お気楽なハルカでも御上が居辛くしているのは察したらしい。(単純にお腹が膨れた可能性も捨てきれないが)
二人は会計を済ませケーキショップを後にする。
それは御上にとってありふれた休日のひとこまだった。




