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第10話

「痴漢事件、逆転無罪か」


 放課後、御上は部室で新聞を広げていた。

 寮にも新聞はあるが、それはあくまでも寮の所有物なので部屋に持ち帰る事は出来ない上に冊数も一部しかない。

 御上が現在読んでいる新聞は同級生が昼休みに読んでおり、読み終えたのを貰ったのだ。

 ちなみに、室内には綾嶺もハルカもいるが、二人とも本を読んでいる。今日は何となくそういう日なのだ。


 しかし、男には辛い世の中になってきたと記事を読みながら御上は思う。

 電車内での痴漢事件は冤罪が多い。

 鞄等が当たっているのを痴漢だと勘違いするケースもあるし、満員電車ではその気がなくても触れてしまう事もある。


 そうなってくると誤解を解くのは大変である。

 中には示談金目当てででちあげる輩もいるので始末に終えない。

 これを防ぐ為には両手で吊り革を掴むとか、本を読むなどの対策が求められるが、そうしていても股間を押し当てられた、として痴漢扱いされる事もある。

 結果として裁判にするよりは示談金を支払ってしまった方が丸く収まる場合もある。


 冤罪に関しては逃げた方がいいと弁護士が言う始末である。

 だが、逃げた所を捕まったら確実に終わりである。

 ラッシュ時の駅構内には人が溢れかえっているので捕まる確率は高い。


「こういうのを見ると電車に乗るのが怖くなるな」


 寮通いなので通学に電車を利用する事はないが、休日に遠出する際に利用する事が多々ある。

 そんな時に痴漢呼ばわりされたら堪んない。そう御上が呟くと、


「なら……今度から私と電車に乗る?」

「あ? お前と?」


 予想もしていなかった提案を受け、御上は綾嶺の方を見遣る。

 彼女は今「月刊 誰でも出来る黒魔術」という、怪しすぎて逆に真っ当な気さえしてくる雑誌を読んでいた。

 そんな綾嶺を下から上まで見た御上は、


「確かにお前といるとモーセの十戒みたいに人垣が割れそうだな」


 いいアイデアだと御上は笑った。


「……」


 だが綾嶺は無言のまま表情を強張らせ、雑誌の一番の最後のページを開くと、そこにあった袋綴じを破いてナイフを取り出す。

 御上に驚く間も与えず、綾嶺はナイフを投げつける。

 不意を突かれっぱなしの御上は回避が出来ず、額にナイフの直撃を受ける。

 刃はメッキなので切れる事はなかったが、痛い事は痛い。


「な、なんだよ」

「別に……手が滑っただけ」


 綾嶺は平坦な声で読書を再開する。


「御上先輩! 今のはどうかと思います」


 それまで沈黙を保っていたハルカがびしっ! と御上を指差す。


「痴漢する人は欲求不満なんです! だから綾嶺先輩は……」


 腹に力を込め、何かを断言しようとした時、パイプ椅子と床が擦れる音がハルカの言葉を遮る。


「ハルカちゃん……近所に美味しい甘味の店がオープンしたから……一緒に行きましょ?」


 綾嶺がハルカの前まで移動して手首を掴む。


「それと……痴漢する人の中にはスリルを求める人もいると思うの」

「は、はあ……」

「それじゃあ御上君……今日の部活はこれまで」


 綾嶺とハルカの体格は同じ位だが、ハルカはずるずると引き摺られていく。


「あの先輩、何でそんな怖い顔を……」

「別に……そんな顔はしてないわよ?」





「何なんだよ、一体」


 意味が分からない御上は部室に置いてきぼりなった。

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