第7話 新たなスキル——風と盾
さらに変化は続く。
蒼太は、【叡智の瞳】以外にもスキルが存在することに気づき始めた。
体育の授業中、跳び箱を飛ぶ瞬間。身体が異様に軽くなり、信じられないほど高く跳べた。
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スキル【風歩】が発現しました
身体能力を一時的に強化する。
MP消費:8
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放課後、一人で帰宅中に野良猫が車道に飛び出したとき。蒼太の手から光の壁が現れ、猫を車から守った。
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スキル【聖盾】が発現しました
防御の障壁を生成する。
MP消費:10
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どちらも、『勇者エルドの冒険』に登場する魔法だった。
蒼太は改めてあの本を開いた。ページをめくるたびに、子供の頃の記憶が鮮やかに蘇る。エルドが使った魔法は全部で12種類。そのうち3つが、すでに発現していた。
——残りの9つも、いつか使えるようになるのか?
胸が高鳴った。それは久しく忘れていた感覚——冒険への期待だった。
そしてもう一つ、蒼太が気づいたことがある。
この力は、感情に連動している。
強い感情——他者を助けたいという想い、何かを守りたいという願い、困難に立ち向かう勇気——が引き金になって、新しいスキルが発現する。逆に、自分のためだけの欲望や怠惰では、何も起きない。
——おとぎ話の勇者が、なぜ強くなれたのか。それは、守りたいものがあったからだ。
蒼太は初めて、現実の世界が少しだけ輝いて見えた。灰色の日常の中に、金色の光が筋を引いている。
成績は上がり、友人との関係も広がり、凛との交流も続いていた。健吾は蒼太の変化に「お前、なんか楽しそうだな」と笑った。
小さな成功の連鎖。蒼太は確かに、上り坂を歩いていた。
——けれど。
物語が教えてくれていたはずだ。
勇者の道は、決して平坦ではないということを。
この春から、蒼太の学校に新しいシステムが導入された。
「将来予測スコア(フューチャー・プレディクション・スコア:FPS)」——2030年に文科省が試験的に導入した、AIによる生徒の将来性を数値化するシステムだ。成績、出席率、課外活動、面談の内容をAIが分析し、各生徒に「偏差値」とは別の「将来予測値」を算出する。
教師の間でも賛否両論だったが、学年主任の毒島真人はこのシステムの熱狂的な支持者だった。
「諸君、現実を直視しなさい」
学年集会で、毒島は壇上から生徒たちを見下ろした。50代、痩せた体躯に鋭い目。声には一切の温かみがない。
「FPSは嘘をつかない。AIは感情に左右されない。諸君の将来がどの程度の価値を持つか、客観的なデータが示してくれる。スコアの低い者は——申し訳ないが、限られたリソースを有効に使わせてもらう」
要するに、スコアの高い生徒には手厚い支援を、低い生徒は切り捨てるということだ。
蒼太のFPSは——成績の急上昇がプラスに作用し、現時点では中の上だった。しかし、毒島の目が蒼太をちらりと捉えた瞬間、背筋が冷えた。
——あの目は、見定めている。
少しでもスコアが下がれば、容赦なく切り捨てられる。そんな確信があった。
集会の後、凛が呟いた。
「毒島先生のやり方、私は好きじゃない。人の可能性を数字だけで測るなんて」
「……同感だ」
蒼太は答えたが、胸の内ではもう一つの不安が渦巻いていた。
——もし侵食体との戦いで成績が落ちたら。FPSが下がったら。あの男は、俺を叩き潰しにくるだろう。
その予感は、やがて現実のものとなる。




