表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/27

第26話 現実の黒幕

 同じ頃——御子柴に関しても、一つの決着がついた。


 梓が蒼太たちから依頼を受けて進めていた「社会のルールでの反撃」。その成果だ。


 梓はまず、御子柴の投資先企業のメンタルヘルス問題を、匿名で報道機関にリークした。2030年の日本では「企業の心理的安全性」が厳しく規制されており、違反すれば重大な行政処分が下る。


 さらに、凛が生徒会のSNSアカウントと学校のネットワークを通じて、「渋谷の異常気象は本当に自然現象か?」という疑問を丁寧に発信。直接的な告発ではなく、「若者たちの素朴な疑問」という形で——しかし、そこに健吾が仕込んだデータ分析の裏付けが添えられていた。


 投稿は瞬く間に拡散し、報道の追い風を受けた行政が動いた。


 御子柴の投資先企業3社が行政指導を受け、渋谷再開発プロジェクトは第三者委員会の監査対象となった。御子柴本人への直接的な制裁には至らなかったが、彼の「負の感情を放置して利益を得る」ビジネスモデルは、社会の目にさらされた。


 蒼太は、そのニュースをスマートフォンで読みながら思った。


 ——おとぎ話の黒幕は、勇者が剣で倒す。でも現実の黒幕は、情報と連帯で追い詰める。


 ——俺たちには、剣と盾だけじゃない武器がある。それは仲間の知恵と、社会のルールだ。


 御子柴はまだ完全には倒せていない。しかし、蒼太たちが「監視している」ことを、御子柴は知った。それだけで、抑止力になる。


 現実の戦いに、完全な勝利はない。でも、一歩ずつ前に進むことはできる。



 夏休みに入った日、蒼太たちは6人で渋谷に集まった。あの戦いの場所に。


 昼間のスクランブル交差点は、いつも通り人で溢れている。あの夜の出来事を知る者は、ここにいる6人だけだ。


 カフェのテラス席に座って、アイスコーヒーを飲む。7月の日差しが眩しい。


「結局、あの力って何だったんだろうな」


 健吾が首を傾げる。


「物語の力が現実に発現する……SFでもあんまり見ないパターンだぞ」


「量子もつれの一種かもしれないよ! 物語を読む行為が、認知的な——」


 結菜が身を乗り出しかけるのを、梓がやんわり止めた。


「結菜ちゃん、その仮説はあとでゆっくり聞くから。今はアイスが溶ける」


「あ、そうだった!」


「理屈はわからない」


 蒼太は正直に答えた。


「でも、一つだけわかったことがある。力は、それ自体に意味があるんじゃない。どう使うか、何のために使うかで、意味が決まる」


「カッコつけてんなー」


「うるさいな」


 健吾と笑い合う。凛もくすくす笑っている。結菜はアイスに夢中。梓は眼鏡の奥で微笑んでいる。零だけが無表情だが、アイスコーヒーをおいしそうに飲んでいるあたり、居心地は悪くなさそうだ。


「ねえ、桐谷くん」


 凛が聞いた。


「この先、どうするの? 侵食体はまだゼロじゃないし、新しい脅威が出てくるかもしれない」


「そうだな。でも、もう一人で抱え込まない。みんなで対処する。——あと、受験勉強もちゃんとやる」


「両立できるの?」


「やるしかないだろ。現実の勇者は、魔王を倒すだけじゃ終わらない。テストも受けるし、進路も考えるし、母さんの手伝いもする」


 蒼太は空を見上げた。7月の青空。雲一つない。


「おとぎ話の勇者は、物語の終わりで『めでたしめでたし』になる。でも現実には終わりなんてない。毎日が続いていく」


 蒼太は右手を見つめた。指先に、金色の光が淡く灯っている。


「だから、毎日が冒険だ。——まあ、悪くないだろ」


 健吾が笑った。凛が笑った。零は——やっぱり笑わなかったが、コーヒーカップを軽く掲げた。それが彼なりの同意だった。


 6人は渋谷の街に出た。人混みの中を歩く。AR広告が空中に浮かび、自動運転のバスが静かに走り、AIアシスタントの声があちこちで聞こえる。2030年の東京。


 蒼太のポケットの中で、スマートフォンが鳴った。母からのメッセージ。


『今夜は蒼太の好きなカレーにしたわ。早めに帰ってきてね』


 蒼太は笑って返信した。


『了解。楽しみにしてる』


 ——父さん。俺、勇者にはなれたかな。


 空を見上げる。答えはない。でも、風が一瞬、頬を撫でたような気がした。


 桐谷蒼太、17歳。


 受験生で、魔法使いで、不器用な息子で、友達思いの仲間で——現実世界の、勇者。


 彼の物語は、これからも続く。


 灰色の日常を、自分の手で塗り替えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ