表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/27

第18話 三つの手

 蒼太が殻に閉じこもって2週間。


 3人の女性が、それぞれ異なる方法で蒼太に手を差し伸べていた。


 最初に来たのは、結菜だった。


 放課後、マンションのエントランスで。蒼太が死んだ目で帰ってくるのを、結菜は毎日待っていた。


「蒼太にぃ、今日もお疲れ様! ねえ、これ見てよ!」


 結菜は新しく作ったガジェットを見せたり、学校であった面白い話をしたり、何も聞かずにただ隣にいたりした。蒼太が無反応でも、結菜は笑顔を崩さなかった。


「結菜、俺に構うな。うつるぞ」


「何がうつるの? 蒼太にぃの変な髪型?」


「……」


「えへへ。ほら、飴あげる。脳は糖で動くんだから」


 結菜のやり方は「何があっても味方」だった。理由も条件も聞かない。ただ、蒼太の日常にいつもの光を灯し続ける。それは無条件の信頼だった。


 次に来たのは、梓だった。


 蒼太が塾にも来なくなった3日目。梓から蒼太のスマートフォンにメッセージが届いた。


『桐谷くん。来なくていいから、これだけ読んで』


 添付されていたのは、一本の論文のリンクだった。タイトルは「過負荷状態における認知機能の回復プロセス——戦略的撤退の有効性」。


 要するに、「限界を超えたら一度引くのが正しい」という内容だった。


 その後にもう一通。


『頑張ることをやめるのは、逃げることとは違う。リソースを再配分して、次に備えること。——経営学の基本だよ。余裕ができたら塾においで。待ってるから』


 梓のやり方は「大人の余裕」だった。追い詰めず、否定せず、ただ「戻れる場所がある」ことを示す。理論と経験に裏打ちされた、年上ならではの包容力。


 そして——最後に来たのが、凛だった。


 学校の昼休み、蒼太は一人で屋上にいた。フェンスに寄りかかって空を見上げていると、ドアが開く音がした。


 振り返ると、凛が立っていた。


「……久しぶり」


 蒼太は目を逸らした。


「白石さん。悪いけど、一人にしてくれ」


「嫌」


 凛はまっすぐ歩いてきて、蒼太の隣に立った。


「2週間、連絡無視してたね。怒ってないよ。でも、心配した」


「……」


「桐谷くん。私、一つ気づいたことがあるの」


 凛は空を見上げた。5月の空は、皮肉なほど青かった。


「あの力が目覚めたとき、私もすごく怖かった。でも同時に、嬉しかった。初めて、自分が何かのために存在してるって思えたから」


「……」


「でも、それは間違いだったんだと思う」


 凛の声が、静かに響いた。


「力があるから価値があるんじゃない。力がなくても、私たちには価値がある。桐谷くんが力を使えなくても、私にとって桐谷くんは大切な人だよ」


 凛のやり方は「正面からの正論」だった。飾らず、誤魔化さず、真っ直ぐに核心を突く。それは共に戦った戦友だからこそ言える言葉だった。


 結菜の無条件の光。梓の大人の知恵。凛の真っ直ぐな心。


 三人の手が、蒼太に差し伸べられていた。


 蒼太の目から、涙がこぼれた。堪えようとしたけれど、止められなかった。


「……俺、もう無理なんだよ。全部中途半端で、何も守れなくて。母さんも泣かせて、健吾にも嫌な思いさせて。毒島にはゴミ扱いされて。こんなの勇者でも何でもない」


「勇者って、一人で全部背負う人のこと?」


 凛の問いに、蒼太は答えられなかった。


「おとぎ話の勇者だって、一人じゃ戦えなかったでしょう。仲間がいたから、前に進めた」


 凛の言葉が、枯れた土に水が染み込むように、蒼太の心に沁みていった。


「……俺、どうすればいいんだ」


「まず、泣いていいよ。そのあとのことは、一緒に考えよう」


 蒼太は屋上のフェンスに額を押し当てて、声を上げて泣いた。恥も外聞もなく。


 5月の風が、屋上を吹き抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ