第18話 三つの手
蒼太が殻に閉じこもって2週間。
3人の女性が、それぞれ異なる方法で蒼太に手を差し伸べていた。
最初に来たのは、結菜だった。
放課後、マンションのエントランスで。蒼太が死んだ目で帰ってくるのを、結菜は毎日待っていた。
「蒼太にぃ、今日もお疲れ様! ねえ、これ見てよ!」
結菜は新しく作ったガジェットを見せたり、学校であった面白い話をしたり、何も聞かずにただ隣にいたりした。蒼太が無反応でも、結菜は笑顔を崩さなかった。
「結菜、俺に構うな。うつるぞ」
「何がうつるの? 蒼太にぃの変な髪型?」
「……」
「えへへ。ほら、飴あげる。脳は糖で動くんだから」
結菜のやり方は「何があっても味方」だった。理由も条件も聞かない。ただ、蒼太の日常にいつもの光を灯し続ける。それは無条件の信頼だった。
次に来たのは、梓だった。
蒼太が塾にも来なくなった3日目。梓から蒼太のスマートフォンにメッセージが届いた。
『桐谷くん。来なくていいから、これだけ読んで』
添付されていたのは、一本の論文のリンクだった。タイトルは「過負荷状態における認知機能の回復プロセス——戦略的撤退の有効性」。
要するに、「限界を超えたら一度引くのが正しい」という内容だった。
その後にもう一通。
『頑張ることをやめるのは、逃げることとは違う。リソースを再配分して、次に備えること。——経営学の基本だよ。余裕ができたら塾においで。待ってるから』
梓のやり方は「大人の余裕」だった。追い詰めず、否定せず、ただ「戻れる場所がある」ことを示す。理論と経験に裏打ちされた、年上ならではの包容力。
そして——最後に来たのが、凛だった。
学校の昼休み、蒼太は一人で屋上にいた。フェンスに寄りかかって空を見上げていると、ドアが開く音がした。
振り返ると、凛が立っていた。
「……久しぶり」
蒼太は目を逸らした。
「白石さん。悪いけど、一人にしてくれ」
「嫌」
凛はまっすぐ歩いてきて、蒼太の隣に立った。
「2週間、連絡無視してたね。怒ってないよ。でも、心配した」
「……」
「桐谷くん。私、一つ気づいたことがあるの」
凛は空を見上げた。5月の空は、皮肉なほど青かった。
「あの力が目覚めたとき、私もすごく怖かった。でも同時に、嬉しかった。初めて、自分が何かのために存在してるって思えたから」
「……」
「でも、それは間違いだったんだと思う」
凛の声が、静かに響いた。
「力があるから価値があるんじゃない。力がなくても、私たちには価値がある。桐谷くんが力を使えなくても、私にとって桐谷くんは大切な人だよ」
凛のやり方は「正面からの正論」だった。飾らず、誤魔化さず、真っ直ぐに核心を突く。それは共に戦った戦友だからこそ言える言葉だった。
結菜の無条件の光。梓の大人の知恵。凛の真っ直ぐな心。
三人の手が、蒼太に差し伸べられていた。
蒼太の目から、涙がこぼれた。堪えようとしたけれど、止められなかった。
「……俺、もう無理なんだよ。全部中途半端で、何も守れなくて。母さんも泣かせて、健吾にも嫌な思いさせて。毒島にはゴミ扱いされて。こんなの勇者でも何でもない」
「勇者って、一人で全部背負う人のこと?」
凛の問いに、蒼太は答えられなかった。
「おとぎ話の勇者だって、一人じゃ戦えなかったでしょう。仲間がいたから、前に進めた」
凛の言葉が、枯れた土に水が染み込むように、蒼太の心に沁みていった。
「……俺、どうすればいいんだ」
「まず、泣いていいよ。そのあとのことは、一緒に考えよう」
蒼太は屋上のフェンスに額を押し当てて、声を上げて泣いた。恥も外聞もなく。
5月の風が、屋上を吹き抜けていった。




