第12話 母の涙
母が蒼太を呼び止めたのは、4月の末のことだった。
その日の昼間、母は学校に呼ばれていた。学年主任・毒島との三者面談——ただし蒼太は欠席。毒島が「保護者だけで話したい」と指定したのだ。
帰宅した母の顔を見た瞬間、蒼太は悟った。何か、決定的なことを言われたのだと。
「蒼太。座りなさい」
リビングの食卓で向かい合う。母の目には、心配と怒りが入り混じっている。しかしそれ以上に——屈辱の色が見えた。
「……毒島先生から、何を言われたの」
「塾の先生から欠席の連絡があったのは知ってたわ。でも、今日聞かされたのはそれだけじゃない」
母は震える声で続けた。
「あなたのFPS——将来予測スコアが急落してるって。このままだと『指導重点対象外』、つまり学校側のサポートを打ち切るって。それから——」
母は一度言葉を切った。
「『桐谷くんのような生徒が白石さんに悪影響を与えている。距離を置かせるべきだ』と。生徒会副会長の成績にまで影響が出かねないって」
蒼太の血が、逆流するような感覚があった。
——毒島が、凛のことまで持ち出した?
「母さん、それは——」
「何もないなんて言わないで」
母の声が、一段低くなった。
「お父さんが何のために頑張ったか、忘れたの? あなたには同じ思いをしてほしくないの。だからいい大学に入って、安定した仕事に——」
「わかってるよ!」
蒼太の声が、思いがけず大きくなった。
母が目を見開いた。蒼太は自分でも驚いた。今まで、母に声を荒らげたことなんてなかった。
——言えるわけがない。「東京を闇から守るために魔法で戦ってます」なんて。ましてや、毒島の理不尽に魔法で対抗したいなんて。
「……ごめん」
蒼太は立ち上がって、自分の部屋に戻った。ドアを閉める手が震えていた。
——最悪だ。
ベッドに倒れ込んで、天井を見つめる。侵食体との戦い。成績の低下。毒島の圧力。母との衝突。すべてが同時に崩れていく。
スマートフォンが鳴った。凛からのメッセージだ。
『今日、新宿で大きい侵食体を見つけました。一人じゃ無理そう。明日来られますか?』
蒼太は返信した。
『行く』
行くしかない。放置すれば、もっと多くの人が影響を受ける。
——でも、俺はいつまでこれを続けられるんだ。
答えのない問いを抱えたまま、蒼太は眠りに落ちた。MPの回復すら追いつかない浅い眠りの中で。




