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第11話 戦いの代償

 4月。新学期が始まった。蒼太は高校3年生になった。受験学年。周囲のプレッシャーが一段と増す。


 しかし蒼太の頭の中を占めていたのは、受験のことではなかった。


 侵食体は増え続けていた。渋谷、新宿、池袋——東京の繁華街を中心に、黒い影が蔓延していく。一般の人には見えないが、その影響は確実に現れていた。


 不安障害やパニック発作の報告が急増。電車内での暴力事件も増えている。ニュースは「社会不安の蔓延」と報じていたが、蒼太にはその裏にある本当の原因が見えていた。


 蒼太は侵食体の駆除に奔走するようになった。放課後、塾をサボって渋谷や新宿を巡回し、見つけた侵食体を【聖盾】や、新たに発現した【浄光の矢】で浄化する。


```

──────────────────────

スキル【浄光の矢】が発現しました

光の矢を射出し、闇属性の存在を浄化する。

MP消費:8

──────────────────────

```


 凛も覚醒した力——【風の詠唱】と名付けた風を操る能力——で、蒼太をサポートしてくれた。健吾には「バイトを始めた」と嘘をついた。


 けれど、無理は確実に蓄積していた。


 睡眠時間が削られ、MPの回復が追いつかなくなった。授業中に居眠りをするようになり、成績は急降下し始めた。



 その日の放課後。侵食体の巡回から戻った蒼太を、凛が校門の前で待ち伏せしていた。


 凛の表情は、いつもの穏やかさとは違っていた。何かを決意した目。


「桐谷くん。聞きたいことがある」


「……何?」


「3月の成績。急に上がったでしょう。あれ——【叡智の瞳】を使ったの? テスト本番で」


 蒼太は足を止めた。


「……復習の時だけだ。本番では使ってない」


「本当に?」


 凛の視線が、真っ直ぐに蒼太を射抜く。蒼太は目を逸らせなかった。


「……最初の模試の時、一度だけ。あの時はまだ、何が起きてるのかもわかってなくて——」


「やっぱり」


 凛の声が、硬くなった。


「桐谷くん。それは——ズルだよ」


「わかってる。だから、あれ以降は——」


「わかってないよ」


 凛の声が、思いがけず強かった。蒼太は驚いて凛の顔を見た。凛の目には、怒りがあった。しかしそれ以上に——恐怖があった。


「ズルをして手に入れた数字に、あなたの価値はあるの? 本当のあなたはどこにいるの? ——それは、あなた自身を殺しているのと同じじゃない?」


 その言葉が、蒼太の胸を抉った。


 ——なぜ、そこまで怒る?


 蒼太は【叡智の瞳】を使わなくても、わかった。凛はこれまでの人生で、「正しくある」ことだけを拠り所にして生きてきた。ルールを守り、正攻法で戦い、その上で勝つこと。それだけが、「完璧でなければ愛されない」彼女の、唯一の自己肯定だった。


 蒼太のチートは、凛の「正しさ」の土台を揺るがす。正攻法で血を吐くほど努力してきた凛にとって、魔法で成績を上げる行為は——自分の人生を否定されるに等しい。


 わかっている。凛が正しいことも。


 でも——。


「正論だけじゃ、母さんは救えないんだ!」


 蒼太の声が、夕暮れの校門に響いた。


「正しくあろうとして死んだ父さんの二の舞にはなりたくない! ルールを守って、期待に応えて、それで心臓が止まったんだ、あの人は! ——正しさで人が守れるなら、父さんは死ななかった!」


 言ってしまった瞬間、蒼太は自分の言葉に衝撃を受けた。


 ——これが、俺の本音だったのか。


 父の死への罪悪感。母の期待への恐怖。そして——「正しいルール」への、深い不信。


 凛は、目を見開いていた。やがて、その目に涙が浮かんだ。


「……ごめん。私、自分のことしか見えてなかった」


「俺こそ。——あの模試の一回は、間違いだった。それは認める」


 二人は校門の前で、しばらく黙って立っていた。夕焼けが空を赤く染めている。


「桐谷くん」


「ん」


「私たち、似てるね。——壊れ方が」


 凛が小さく笑った。泣き笑い。蒼太も、少しだけ笑った。


 この日、二人は初めて互いの「仮面」の下にあるものを見た。それは美しいものではなかった。でも——嘘よりは、ましだった。



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