学園初日、チョコレートの作り方を呟いていたら絡まれました
ジャンルがわからない……。
「おじい様、お久しぶりにございます」
「おおローラ!立派なレディになったなぁ」
「おじい様もお元気そうでなによりです!」
楽しみにしていた1年ぶりの祖父との再会。ローラは淑やかに貴族の礼をして、満面の笑みを見せた。
ローラの母方の祖父は様々な国を行き来する大商人であり、いつも手に入れた外国の品をローラに見せてくれるのだ。
海の向こうの流行りの帽子、異国情緒溢れる細工物。祖父が見せてくれる色とりどりの品はローラにとってキラキラ光る宝物であった。
男爵令嬢であるローラは、半年後に貴族の義務として学園入学を控えている。
祖父と同じように商人になる、という幼い頃の夢は叶えられないが、いつか海の向こうに渡ってみたいと心の内で密かに考えていたりする。
「ローラ、今回の土産は特別な品じゃ。見てみなさい」
期待に胸を躍らせながら祖父が取り出した小さな箱の中を覗いてみると、柔らかい紙の上に茶色い粒が置いてある。
ローラは首をかしげた。
「おじい様、これは……なあに?」
「これはなぁ、チョコレートと言うんじゃ」
祖父いわく、遠い遠い国で新しく開発された甘い菓子だという。
原材料の増産が追いついておらず、まだ王族と一部の貴族にしか提供されていない幻の菓子。
そのとんでもない貴重品を、祖父は商売のためではなくローラのために持ち帰ってきた。
そしてローラは、チョコレートに魅了されたのだ。
もっと食べたいわ!この国でも作れたらいいのに!と顔を輝かせて言ったローラに、「それならチョコレートの店を開いてオーナーになるといい」と祖父は笑った。
ローラの新しい夢は決まった。
祖父は「原材料の植物が他の国にもないか探してみよう」と楽しそうに旅立った。
「カカオ……発酵……乾燥、種を……」
学園入学の日。
貴族として大切な日ではあるが、ローラはそれどころではなかった。
前日に祖父からの手紙が届いたのだ。
そこにはチョコレートの作り方が書いてあった。
複雑で、料理をしないローラには全く理解出来なかったが。
それでも夢を叶えるためと何度も読み込み、ノートに書き写して持ち歩いている。
「ちょっとあんた!」
「砕いて……きゃっ!?」
呪文のように呟いていると、突然肩を掴まれて驚く。
何事かと見ると、ストロベリーブロンドの髪を編み込んだ少女が、可愛らしい顔に似合わずローラを睨みつけていた。
「あんたさっきから何をぶつぶつ言ってるの!」
「え……?いえ、私はチョコレートを」
「チョコレート!?なんでそれを……!!」
チョコレート、という言葉に激しく反応して顔を歪ませる少女。
そのただならぬ形相に怯えつつも、ローラは出来るだけ穏やかに話しかける。
「あ、あの……チョコレート、知っているんですか?」
「知ってるかですって!?」
なぜこの人はこんなに怒っているのだろう、とローラはただただ困惑した。何か気に触ることをしてしまったのか、何も思い当たらないことが逆に申し訳なくて困り果てた。
少女は俯いて、こいつも記憶が、もしかしたら他にも、と呟いているが聞こえてくる単語を拾っても意味がよくわからない。
「あの……?」
大丈夫ですか、と声をかけようとしてキッ!と睨みつけられ、泣きたくなるローラ。
「あんた……私の邪魔したらただじゃ置かないからね!」
捨て台詞を残し、淑女にあるまじきスピードで走っていく少女。その後ろ姿をローラは呆然と見送った。
チョコレートの作り方を手に入れて浮かれていたのが悪かったのだろうか。
通り雨にずぶ濡れにされた気分で、足取り重くローラは入学式会場へ向かった。
その会場で下位貴族の座る場所に先ほどの少女を見つけてしまい、学園生活が一気に不安になるローラであった。
無事、とは言い難いが、学園初日を終えた夜。
自室でノートを開きながらローラは今朝出会った少女のことを考えていた。
(どうしてあんなに怒ったのかしら……。チョコレート美味しいのに……。あら、でもこの国にはまだチョコレートは全く入っていないはず。彼女はどこでチョコレートを知ったのかしら?)
祖父のように大商人であれば、ローラがそうだったように手に入れることはできるかもしれない。
ということは彼女の周りにも他国に強いパイプを持つ者がいるのだろうか。
(チョコレートと聞いて激昂した……邪魔をするな、とも言っていたわ)
あんなに美味しいのだから、食べたことがあるのなら反応するのは当然か、と思ったところでふと、ローラの頭に一つの考えが浮かぶ。
そんな、でも、まさか。
狼狽えつつ、けれどどう考えてもそれが正解としか思えなくて。
ローラは震える声で呟いた。
「まさか、私と同じようにチョコレートを作ろうとしている人が……?」
作り方を聞いただけで肩を掴まれたのだから、そうとしか思えない。
ローラは焦った。彼女はチョコレート店を開こうとしているのではないかと。
作り方も知っている?ならばカカオの仕入れは?職人は?彼女はどこまで進めているの?
思わぬところでライバルが現れて、ローラは戦慄した。
(早急に祖父に相談しなければ!)
次の日、休憩の時間にローラは震える足で彼女の席へと向かった。
「すみません、少しよろしいですか?」
「……いいわよ。ついてきて」
決意を秘めたローラを見て、対する少女は不敵に笑んだ。
少女が先に、ローラが後に。二人で人気のない校舎の影まで歩くと、少女は腰に手を当ててくるりと回ってみせた。
ストロベリーブロンドの髪が日の光を反射して、色づいた頬を縁取る。
同性であっても魅力的な少女に気圧されながらも、ローラは意を決して尋ねた。
「あなたは……知っているの?」
「……あははっ!やっぱりあんたもそうなんだ!」
笑い出した少女にローラは確信した。
「どこまで進めているの?」
「どこまで?そうね。始まったばかりだからこれから、ね」
「そう……では私たち、ライバルね」
「ライバル?」
きょとん、と可愛らしく驚いた少女は、再びケタケタと笑い出す。
「あはははっ!おっかしい!地味なあんたと私で勝負になるわけないじゃん。ぜーんぶ私のモノにするんだから!」
「……全部?」
「そう!誰にもあげない!みーんな私のモノよ!」
「なんですって……!」
ローラの胸にふつふつと沸いてきたのは、怒りだ。
彼女は美味しいチョコレートを独り占めする気だと、誰にも渡さないと言った。
この愛らしい顔でなんと強欲なことか。
ローラの瞳に決意が宿る。
必ずや彼女より先にチョコレートを作り、誰もがあの幸福を味わえるように尽力しようと。
「あなたの気持ちはわかったわ。でも私も譲る気はないから」
「ふん、邪魔する気?後悔するわよ」
少女の脅しはもうローラには効かなかった。
その場で少女と別れ、ローラは教室に戻るとこれからの道筋を組み立てる。
(祖父に手紙を……彼女の店がどこまで進んでいるかも調べておかないと)
(原材料、職人……。ううん、何もかも祖父に頼っていてはいけないわ。相談はしても自分で動かなければ)
(学生の身ではオーナーとして動きづらいわね。できる限り早く卒業資格の取得を狙いましょう)
初日の不安など嘘のように、ローラはやる気に満ち溢れた。
その後。
歴代の記録に残る速さで卒業資格をもぎとり、官僚への勧誘を断ったローラは念願のチョコレート菓子店をオープンさせた。
カカオが大量に自生している地域を探し出したり、チョコレートを開発した国との調整、技術交換の話し合いなどについては祖父の力を大いに借りたが、職人は自力で見つけた者だ。
普通の菓子店で働いていた者だが、チョコレートの扱いに長けており様々な新しい焼き菓子やケーキを生み出してくれる。
こんなに才能がある者をまさか国内で見つけられるとは、ローラにとって嬉しい誤算であった。
ライバルである彼女の店は何も準備が進んでいないようで、相手からの妨害も予想していたローラは拍子抜けした。
夢を叶えるために鬼気迫るほど邁進する姿を見て怖気付いたのかもしれない、とローラは勝手に思っている。
周辺国も巻き込むチョコレートブームの陰で、学園の卒業パーティーで婚約破棄だの冤罪だの騒ぎがあったそうだが、ローラには全く興味のない話であった。
ローラちゃん怒りで覚醒。




