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強制睡眠の呪い?いいえ、それは極上の二度寝への誘いです!  作者: 秋月 もみじ


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第9話 リセットされた国


嵐のような「お昼寝戦争」から三日。


森には、奇妙な平和が戻ってきていた。


「……ふぅ」


私はポーチのロッキングチェア(新作だ)に揺られながら、湯上がりのフルーツ牛乳を飲んでいた。


目の前では、三十人の騎士たちがテキパキと働いている。


ただし、剣を振るっているわけではない。


「おい、そこの花壇の配置、もう少し右だ! アメリ様の視界に入ったとき、一番癒やされる角度にしろ!」


「了解! 猫じゃらし草を追加します!」


「第三班、温泉の湯加減はどうだ?」


「完璧です! 源泉かけ流し、四十二度で安定しています!」


彼らは私の小屋周辺を、「要塞」から「リゾート地」へと改装していた。


スライムの残骸は綺麗に回収され、モチモチのクッション材として再利用されている。


かつての殺伐とした空気は微塵もない。


あるのは、洗練されたホスピタリティと、労働の喜び(ただし、定時まで)だけだ。


「……平和だわ」


私は牛乳瓶を置き、目を細めた。


このまま一生、ここで揺られていたい。


だが。


そのささやかな願いを阻む者が、目の前に座っていた。


「アメリよ。返事はまだか?」


フェルディナンド国王陛下だ。


彼は我が家のテラス席を占拠し、私が焼いたパンケーキを頬張りながら、とんでもないことを言っていた。


「ですから、お断りします」


私は即答する。


「筆頭魔導師への復帰? 王宮への帰還? ……冗談じゃありません。あんなコンクリートジャングルに戻るくらいなら、ここでキノコになって一生を終えます」


「そう言うな。待遇は保証するぞ? 給金は今の三倍。専用の馬車もつける」


「通勤時間が無駄です」


「個室も用意しよう。窓から王都が一望できる」


「ここなら窓からリスが見えます」


「……ぐぬぬ」


陛下はパンケーキの蜂蜜を拭いながら、困り果てた顔をした。


「だがな、アメリ。国にはお前の力が必要なのだ。エドワードが抜けた穴は大きい。魔導省のシステムを再構築し、効率化できるのはお前しかいない」


「陛下」


私は溜息交じりに言った。


「私が開発した『効率化』とは、いかに自分がサボるか、という情熱の結晶です。人のために働く気なんて、これっぽっちもありません」


「その情熱が欲しいのだ!」


陛下が身を乗り出す。


「今の魔導省に残っているのは、マニュアル通りのことしかできない頭の固い連中ばかりだ。お前のような『楽をするための天才的発想』がなければ、この国はまたブラック労働に逆戻りしてしまう!」


切実だった。


どうやらこの国は、私が思っている以上に重症らしい。


「それに……」


陛下は声を潜め、上目遣いで私を見た。


「お前が城にいないと、余が……コタツに入れないではないか」


「本音が出ましたね」


結局、それか。


私は呆れて首を振った。


「無理なものは無理です。私はもう、朝の満員馬車も、終わらない会議も、冷たい弁当も御免です。……帰ってください」


私が冷たく突き放すと、陛下はしょんぼりと肩を落とした。


一国の王に対し、あまりに不敬な態度だが、睡眠の自由は何人たりとも侵せない。


その時だ。


「……陛下、アメリ。提案があります」


それまで黙ってコーヒーを淹れていたジークフリートが、口を開いた。


彼はカフェ店員のようなエプロン姿だが、その目は鋭い「政治家」のそれだった。


「なんだ、ジークフリート。良い案があるのか?」


「はい。アメリを城に戻すのが不可能なら、場所の定義を変えればいい」


彼は懐から、羊皮紙の束を取り出し、テーブルに広げた。


そこには、森の地図と、複雑な法規の条文が書き込まれている。


「ここ『常闇の森』一帯を、王宮の『別館』として認定するのです」


「……は?」


私と陛下、二人の声が重なった。


「つまり、ここは法的には『王宮の一部』となります。よって、アメリはここに住みながらにして『登城している』扱いになる」


「な、なるほど……! テレワークというやつか!」


「そして、アメリには新しい役職についてもらいます」


ジークフリートは、ペンを私の前に差し出した。


「『国立特別療養所・所長』兼『魔導省・特別顧問』。……主な業務は、この森で今まで通り生活すること。そして、たまに送られてくる魔導具の設計図に『ダメ、やり直し』とか『もっとフワフワに』とか赤ペンを入れること。以上です」


私は目をパチクリさせた。


「……それだけ?」


「それだけだ。会議には出席しなくていい。俺が代理で出る。決裁書類は、ここへ俺が運ぶ。君はパジャマのまま、ハンコを押すだけでいい」


「通勤は?」


「なし。起床時間は自由。昼寝は義務」


「おやつは?」


「王宮のパティシエが日替わりで届けに来る手筈を整える」


「……」


私はゴクリと喉を鳴らした。


悪くない。


いや、最高ではないか。


今まで通りのニート生活を続けながら、国家公務員の給料とおやつが貰える。


しかも、「国のため」という大義名分付きで。


「でも、私が所長なんて面倒な……」


「実務は俺の部下たちがやる。君はただ、コタツのぬしとしてそこに居てくれればいい」


ジークフリートは、ニヤリと笑った。


「どうだ? これなら、君の『安眠』も、国の『復興』も両立できる」


私はチラリと陛下を見た。


陛下はブンブンと首を縦に振っている。


「採用だ! 即採用! そうすれば、余も『視察』という名目で堂々とここに来れる!」


王様の私利私欲が見え隠れするが、まあいいだろう。


私はジークフリートからペンを受け取った。


「……分かりました。その条件で、契約します」


サラサラとサインをする。


その瞬間、私は「追放された元令嬢」から、「国の重要施設のトップ」へとジョブチェンジした。


「契約成立だ!」


陛下が手を叩いて喜ぶ。


ジークフリートは、満足そうに羊皮紙を巻き取り、そしてもう一枚、別の紙を私に差し出した。


「ついでに、これも」


「なんですか、これ」


「『所長専属護衛騎士』の任命書だ」


そこには、既に陛下の署名が入っていた。


内容はシンプルだ。


『騎士団長ジークフリート・ヴォルフを、アメリ・スリープ所長の専属護衛に任命する。任務の性質上、二十四時間の密着警護(同室での待機を含む)を許可する』


「……どさくさに紛れて、何を公私混同しているんですか?」


私がジト目で睨むと、彼は悪びれもせず言った。


「ここが国の重要施設になった以上、セキュリティは最重要課題だ。……俺以外の騎士に、君の寝顔を守れると思うか?」


「……」


「君が寝ている間、悪夢も、騒音も、面倒な客も、全て俺が斬り捨てる。……だから」


彼は私の手を取り、その甲に口づけを落とした。


騎士の誓い。


でも、その瞳は熱っぽく、甘い。


「俺を、君の枕元に置いてくれないか? ……俺ももう、君の隣以外では眠れないんだ」


なんという殺し文句だろう。


国の英雄が、捨て犬のような目で「一緒に寝させてくれ」と懇願しているのだ。


断れるはずがない。


それに、私も──


彼の体温がないと、コタツが少し広く感じるようになってしまっていたから。


「……いびきをかいたら、蹴り出しますからね」


私がそっぽを向いて言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。


「善処する」


          ◇


こうして、森の小屋には新しい看板が掲げられた。


『フェルディナンド国立特別療養所(通称:魔女のコタツ)』。


入り口には、いかつい騎士たちが門番として立ち、入所審査を行っている。


「顔色が良すぎます! 入所不許可! もっと働いてから来てください!」


「ひぃっ、私は三徹明けなんです! 入れてぇぇぇ!」


「よし、その目の隈は合格だ! 第三テントへ進め!」


まるで野戦病院のような騒ぎだが、中に入れば天国だ。


庭では文官たちがハンモックで揺られ、王宮から届いた書類を焚き火の燃料にしている(それは流石に止めたほうがいいと思うが)。


「所長、こちらが決裁書類です」


「んー……」


私はコタツの中で、ジークフリートに膝枕をされながら、差し出された紙に肉球スタンプ(特注品)を押す。


「はい、承認」


「ありがとうございます! これで魔導省に『シエスタ制度』が導入されます!」


部下が涙を流して喜ぶ。


私はあくびを一つ。


窓の外では、陛下がスライムの上で飛び跳ねて遊んでいる。


かつて「ブラック国家」と呼ばれたこの国は今、急速にホワイト化……いや、「オフホワイト」くらいには浄化されつつあった。


「……ねえ、ジークフリート」


「ん?」


彼は私の髪を指で梳きながら、優しく応える。


「私、今、ちょっとだけ幸せかも」


「奇遇だな。俺もだ」


彼は私の額にコツンと自分の額を合わせた。


「おやすみ、アメリ」


「おやすみなさい、ジークフリート」


私たちは、国一番の特等席で、二度寝の世界へと旅立った。


世界がどう変わろうと、私たちの中心にあるのは、この温かいコタツだけ。


それで十分だった。


(これで完結……かと思いきや、まだエピローグが残っているらしい。まったく、人生という物語は、なかなかエンドロールを流してくれないものね)


私は幸せなまどろみの中で、そんなことを思った。

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