第6話 バレた隠れ家
決戦の朝は、皮肉なほど爽やかな青空だった。
「……ふわぁ」
私はポーチに出て、大きく伸びをする。
いつもなら二度寝をキメる時間だが、今日ばかりはそうもいかない。
目の前の光景が、それを許してくれなかった。
「第一班、クッション地雷の設置完了!」
「第二班、落とし穴に『モチモチ・スライム』を充填しました!」
「第三班、樹上に『催眠音波スピーカー』を配置! いつでも子守唄を流せます!」
私の庭が、とんでもないことになっている。
騎士たちがアリのように働き、森を改造していた。
ただし、殺伐とした要塞ではない。
見た目はファンシーな遊園地のようだ。
地面にはカラフルなクッションが埋まり、木々には可愛らしい風鈴が吊るされ、空気中には甘いアロマが漂っている。
「アメリ様、おはようございます!」
指揮を執っていたジークフリートが、私に気づいて駆け寄ってきた。
彼はフル装備だ。
漆黒の鎧に身を包み、腰には愛剣。
けれど、その背中には私が作った『疲労軽減リュック(抱き枕機能付き)』を背負っている。
威厳があるのかないのか分からない。
「準備は万端だ。……エドワードたちは、もう森の入り口まで来ている」
「早起きですね。もっと寝ていればいいのに」
「奴らに『寝る』という概念はないさ。……アメリ、改めて確認する」
彼は真剣な眼差しで、私を見下ろした。
「本当にいいのか? 俺たちが戦えば、君は『国家反逆者』の汚名を着せられるかもしれない。今からでも逃げれば……」
「逃げませんよ」
私は即答した。
「逃げたら、私のベッドはどうなるんです? このコタツは? 特注の浴槽は? 運べないじゃありませんか」
「……家具の問題か」
「最重要問題です。それに」
私は庭で作業する騎士たちを見た。
彼らは楽しそうだ。
「ここが俺たちの聖地だ!」と叫びながら、喜々として罠を張っている。
「彼らを見捨てるほど、私は薄情じゃありません。……良い従業員は、守るのが経営者の義務ですから」
私の言葉に、ジークフリートは一瞬きょとんとし──そして、微かに笑った。
氷の英雄が、春の日差しのように笑う。
「……そうか。なら、俺も全力で経営者を守るとしよう」
彼はくるりと踵を返し、騎士たちに向かって叫んだ。
「総員、注目!」
ざっ、と作業の手が止まる。
三十人の騎士が整列し、団長を見上げる。
「これより、我々は国軍の精鋭部隊と交戦する! 相手は軍務大臣代行エドワード。つまり、国そのものだ!」
森に緊張が走る。
それは、反逆の宣言だ。
彼らの家族や家柄にも関わる重大な決断。
怖気づく者がいてもおかしくない。
だが。
「諸君に問う! 我々の目的はなんだ!」
ジークフリートの問いに、副隊長が大声で答えた。
「ハッ! アメリ様の安眠を守ることです!」
「違う! もっと根本的なことだ!」
ジークフリートは拳を空に突き上げた。
「我々は! これからも! 毎日八時間寝たいかーーッ!!!」
「「「寝たいでありますッ!!!!!」」」
森を揺るがす咆哮。
「残業はしたいかーーッ!!!」
「「「死んでも嫌でありますッ!!!!!」」」
「休日返上で働きたいかーーッ!!!」
「「「ふざけるなでありますッ!!!!!」」」
「ならば戦え! 我らの『有給休暇』と『定時退社』を勝ち取るために!」
「「「ウオオオオオオオッ!!!!!」」」
騎士たちが武器(と枕)を掲げて絶叫する。
熱い。
なんて熱い演説だろう。
言っていることはただの労働組合のストライキなのだが、彼らの目は本気だった。
(……この国、本当に大丈夫かしら)
私は少し遠い目になった。
◇
ズズズズズ……。
地面が微かに振動する。
森の木々がざわめき、鳥たちが飛び立つ。
来た。
私は片眼鏡を装着し、望遠モードで森の入り口を確認する。
「……うわぁ」
思わず声が出た。
そこにいたのは、人間ではなかった。
いや、元は人間なのだろう。
王家の紋章が入った鎧を着た、数百人の兵士たち。
だが、その目は虚ろで、口元からは泡を吹き、全員が奇妙な笑顔を浮かべて行進していた。
『進め……進め……』
『眠く、ない……痛く、ない……』
『国のために……効率のために……』
ゾンビ映画の撮影現場だろうか。
彼らの体からは、不自然なほどの魔力が立ち上っている。
聖女リリィの『痛覚遮断』と、エドワード様の『覚醒ポーション』の過剰投与。
その成れの果てだ。
「……酷いな」
隣で見ていたジークフリートが、怒りに声を震わせる。
「あいつら、俺の同期もいる。……三日三晩、無理やり行軍させられた顔だ」
「死んでないのが不思議なくらいですね」
隊列の先頭には、豪奢な馬車があった。
屋根が開かれ、そこには拡声器を持ったエドワード様と、聖女リリィが乗っている。
「聞こえるか、反逆者ども!」
エドワード様の声が、森に響き渡る。
「我々は『魔女討伐隊』である! ジークフリート、そしてアメリ! 大人しく投降せよ!」
彼は以前よりも痩せこけていた。
神経質そうな顔つきが、さらに病的に尖っている。
「その森は呪われている! 部下たちが『帰りたくない』などと世迷い言を言うのは、貴様らの洗脳のせいだ! 今すぐ森を焼き払い、正常な規律を取り戻す!」
「呪われているのは、どっちよ」
私はボソリと呟く。
あんな顔色の悪い集団に言われたくない。
「アメリ様、指示を」
騎士たちが私を見る。
彼らはもう、剣を抜く準備ができている。
でも、私は首を横に振った。
「抜刀は禁止です。……彼らは病人(患者)ですから」
私は懐から、一本のマイクを取り出した。
これも自作の魔道具『大声メガホン』だ。
スイッチを入れる。
「あー、あー。……テステス。聞こえますか、ブラック企業の皆様」
私の気怠げな声が、スピーカーを通して森中に拡大される。
エドワード様がビクリとして周囲を見回した。
「どこだ! 姿を見せろ!」
「見せませんよ、着替えるのが面倒なので。……エドワード様、一つ提案があります」
「命乞いか?」
「いいえ。……今すぐ回れ右をして帰るなら、見逃してあげます。でも、これ以上私の庭に近づくなら──」
私は、あくび混じりに宣告した。
「全員、一週間くらい目が覚めない体になってもらいます」
「ハッ! ふざけるな! 全軍、突撃! あの生意気な女を引きずり出せ!」
エドワード様が叫んだ。
それを合図に、ゾンビ兵団が咆哮を上げて走り出した。
「ウオオオオオ! ハタラケェェェェ!」
恐ろしい。
社畜の怨念のような叫びだ。
木々をなぎ倒し、一直線にこちらへ向かってくる。
「……交渉決裂ですね」
私はメガホンを置き、ジークフリートを見た。
彼は頷き、剣を──抜かなかった。
代わりに、巨大な『ビーズクッション盾』を構えた。
「総員、迎撃開始! ただし、殺すな! 優しく(・・・)寝かしつけろ!」
「「「了解ッ!!!」」」
騎士たちが散開する。
彼らの手には、武器ではなく、ふかふかの枕や毛布、そして睡眠導入剤入りのスライムボールが握られていた。
「さあ、始めましょう」
私は手元のスイッチに手をかけた。
「強制お昼寝タイムの、始まりです」
カチッ。
その音と共に、森の入り口に仕掛けた第一の罠が発動した。
プシューーーッ!
地面から、視界を奪うほどの白い煙──最高級ラベンダーとホットミルクの香り──が噴き出した。
「な、なんだこの甘い匂いは!?」
「敵の毒ガスだ! 吸うな! ……くんくん、い、いい匂い……」
「お母さん……?」
前衛の兵士たちの足が止まる。
彼らは薬で感覚を麻痺させられているが、嗅覚から直接脳に働きかける「安らぎ」までは遮断できていない。
「怯むな! 進め!」
エドワード様の怒号で、兵士たちが無理やり足を動かす。
しかし、その先には私が徹夜(皮肉だ)で作った、『モチモチ地獄』が待っている。
「ようこそ、私の寝室へ」
私は小屋のテラスから、冷たいハーブティーを飲みながら戦況を見守ることにした。
これは戦争ではない。
大規模な介護だ。
疲れた大人たちを、無理やりお布団に突っ込むための、愛ある闘争なのだ。
さあ、かかってきなさい。
私の安眠への執念、舐めないでいただきたい。




