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強制睡眠の呪い?いいえ、それは極上の二度寝への誘いです!  作者: 秋月 もみじ


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第5話 王都の異変


森での生活は、順調そのものだった。


朝は小鳥の声で目覚め(二度寝する)、昼は騎士たちが耕した畑で採れた野菜を食べ、午後はコタツで読書。


完璧なスローライフ。


騎士団員たちも、すっかりこの生活に馴染んでいた。


「アメリ様! 本日の農作業、ノルマ達成しました!」


「ふむ。では報酬として、縁側での一時間の日向ぼっこ権を与えます」


「ありがとうございます! ……あぁ、太陽が染みるぅ」


庭先では、屈強な男たちが猫のように並んで寝転がっている。


平和だ。


世界がすべてこうであればいいのに。


私は温かいハーブティーを啜りながら、そんなことを考えていた。


だが。


その平穏は、唐突に乱された。


「た、隊長……! アメリ様……!」


森の入り口から、一人の騎士が這うようにして現れたのだ。


彼は「王都勤務」のシフトを終え、今日こちらへ戻ってくる予定の男だった。


けれど、その姿は異様だった。


「……ひどい」


私は思わずカップを置いた。


彼の顔は青白く、頬はげっそりとこけ、目は血走っているのに焦点が合っていない。


何より、魔力の波長が乱れきっている。


体の中で魔力が逆流し、精神を内側から食い荒らしている状態だ。


「おい、どうした!」


ジークフリートがコタツから飛び出し、部下を抱き起こす。


「しっかりしろ! 何があった!」


「だ、団長……。王都は……地獄です……」


男はガタガタと震えながら、絞り出すように言った。


「エドワード様が……『生産性向上キャンペーン』を……。聖女様の新薬を、強制的に……」


「新薬だと?」


「『天使の涙』と呼ばれる……覚醒ポーションです。飲むと、三日は眠くならず、痛みも感じなくなる……。でも、切れた瞬間に……」


男はそこで言葉を詰まらせ、白目を剥いて痙攣した。


「いけない、魔力ショックだわ!」


私はすぐに駆け寄り、彼の手を握る。


強制休息付与スリープ・モード


私の魔力を流し込み、暴走する彼の神経回路を強制的にシャットダウンさせる。


「……ガッ、……プシュー……」


男は蒸気機関が停止するような音を立てて、糸が切れたように脱力した。


即座に深い寝息を立て始める。


顔色はまだ悪いが、命に別状はないだろう。


「……助かった、アメリ」


ジークフリートが安堵の息を吐く。


けれど、その表情は険しかった。


彼は眠る部下を他の騎士に運ばせると、私に向き直った。


「説明が必要だな」


「ええ。王都で何が起きているんです?」


私たちはコタツに入り直し(深刻な話でもコタツは必須だ)、向き合った。


ジークフリートは重い口を開いた。


「王都の機能が、麻痺し始めている」


「麻痺? 眠らない薬を使ったのに?」


「逆だ。使いすぎたんだ」


彼は苦々しく言った。


「エドワードと聖女リリィは、人間の限界を『数値』でしか見ていない。彼らは兵士や官僚に、聖女の魔法と薬を投与し続け、不眠不休で働かせた。最初の数日は、確かに成果が上がったそうだ。書類処理の速度は倍になり、魔物の討伐数も増えた」


「でも、人間は機械じゃありません」


「その通りだ。……一週間が過ぎた頃から、異変が起きた。薬の効果が切れた者が、次々と倒れ始めたんだ。それもただの過労じゃない。精神が崩壊し、廃人寸前になってな」


私は先ほどの騎士を思い出した。


痛みを感じさせないということは、体が発する「休め」という警告を無視させるということ。


エンジンが焼き切れるまでアクセルを踏み続けるようなものだ。


「現場はパニックだ。だがエドワードは『気合いが足りない』『薬の量が不十分だ』と言って、さらに濃度を上げた薬を配っているらしい」


「……馬鹿なんですか?」


「ああ、大馬鹿だ。優秀な事務官だが、現場を知らなすぎる」


ジークフリートは頭を抱えた。


「今、王宮でまともに機能しているのは、俺がこっそりここに逃がして休ませている『騎士団』だけだ。他の部署──魔導省や内政官たちは、全滅に近い」


「じゃあ、この国を守っているのは……」


「実質、ここ(このコタツ)で英気を養った俺の部下たちだ」


なんという皮肉だろう。


追放された私が作った「サボり場」が、国の最後の砦になっているなんて。


「それに……妙な噂が広まっている」


「噂?」


「倒れた兵士たちが、うわ言で口走るそうだ。『森に行けば助かる』『コタツ……コタツに入りたい……』とな」


「……」


「一部の者は、俺たちが森で『何か』をして回復していることに勘づき始めている。禁断の果実を求めるように、森の方角を拝む者までいるらしい」


私は背筋が寒くなった。


ただ静かに暮らしたいだけなのに。


これではまるで、私が怪しげな宗教の教祖か何かみたいではないか。


ブブブブッ。


その時、ジークフリートの懐から低い音が響いた。


彼が取り出したのは、通信用の魔導具だ。


ディスプレイには、赤文字で【緊急:軍務大臣代行エドワード】と表示されている。


「……チッ」


彼は舌打ちをして、通話ボタンを押した。


『──ジークフリート! 貴様、今どこにいる!』


スピーカーから、ヒステリックな声が響き渡った。


エドワード様の声だ。


以前のような冷徹さはなく、焦りと怒りが混じっている。


「森で魔物の調査中だ。何か問題が?」


『問題だらけだ! 王都の防衛ラインに穴が空いている! 貴様の部下だけが元気なのはどういうことだ! なぜ魔導省の職員は倒れ、騎士団だけがピンピンしている!』


「日頃の鍛錬の差だろう」


『ふざけるな! ……掴んでいるんだぞ。貴様らが森の奥に「秘密基地」を作っているという情報をな!』


私の心臓が跳ねた。


バレている。


いや、あれだけ大きな宿舎を建てて、三十人も出入りしていれば当然か。


『そこには何がある? ……追放したあの女か? アメリが、何か呪いの儀式でも行っているのではないか!?』


「アメリは関係ない。これは軍事機密だ」


『黙れ! 貴様が口を割らないなら、直接確認しに行く! 「魔女討伐隊」を編成し、森を焼き払ってでも真実を暴いてやる!』


「待て、エドワード! 早まるな!」


『明朝、出発する。……首を洗って待っていろ』


ブツン。


通信が切れた。


部屋に重苦しい沈黙が降りる。


ジークフリートは通信機を握りしめ、ギリリと歯を噛み締めた。


「……すまない、アメリ。俺がうまく立ち回れなかったせいで」


「いえ、遅かれ早かれこうなったでしょう」


私は冷静だった。


不思議と恐怖はない。


あるのは、「私の聖域を土足で踏み荒らそうとする者」への、静かな怒りだけだ。


「森を焼き払う、と言いましたね」


「ああ。奴は本気だ。焦っているんだ。自分の失策を、すべて『魔女の呪い』のせいにしようとしている」


自分のミスを認められず、他責にして攻撃する。


典型的なダメ上司の末路だ。


私は立ち上がり、窓の外を見た。


庭では、騎士たちが不安そうにこちらを見ている。


彼らも聞いたのだろう。


自分たちの楽園が、危機に瀕していることを。


「ジークフリート」


「なんだ」


「貴方は、どうしますか? 騎士団長として、国の命令に従いますか?」


彼は迷わなかった。


立ち上がり、私の隣に並ぶ。


「俺は、国を守る騎士だ。……だが、今の国を支配しているのは、狂った論理だ。それに従えば、国は滅びる」


彼は私の肩に手を置き、真っ直ぐに私を見た。


「何より、俺はもう、このコタツなしでは生きていけない体なんだ。……俺の安眠を妨害する奴は、たとえ幼馴染でも許さん」


その瞳は、戦場のそれだった。


でも動機が「コタツを守るため」というのが、なんとも彼らしい。


「分かりました」


私はニッコリと微笑んだ。


「なら、迎え撃ちましょう。……私は平和主義者ですが、睡眠妨害だけは大罪だと教わっていますから」


私の手には、いつの間にか新しい魔道具の設計図が握られていた。


相手が「眠らない軍隊」なら、こちらは「強制的に寝かせる軍隊」で対抗するまでだ。


「全員、総員配置につけ! これより『安眠防衛戦』の準備を行う!」


「「「イエッサー!!!」」」


騎士たちの野太い声が、森に響き渡った。


私の「引きこもり生活」を賭けた、負けられない戦いが始まろうとしていた。

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