表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強制睡眠の呪い?いいえ、それは極上の二度寝への誘いです!  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話 騎士団長の敗北


森の朝は冷える。


特にこの「常闇の森」は、魔素の影響で気温が低い。


布団から出るのが億劫になる季節がやってきた。


けれど、今日の私は一味違う。


(……ふふふ、完成したわ)


私はリビングの中央に鎮座する、正方形の台座を見下ろしてほくそ笑んだ。


天板は、熱伝導率の高いミスリル銀製。


布団は、火トカゲの皮を加工した繊維と最高級綿のハイブリッド。


そして熱源ユニットには、半永久的に熱を発する『太陽石サン・ストーン』の欠片を組み込んである。


名付けて──『絶対捕縛コタツ・ブラックホール』。


一度足を踏み入れたが最後、その心地よさは重力のように人を縛り付け、二度と外界へ戻ることを許さない。


人をダメにする魔道具シリーズの最高傑作だ。


「さあ、試運転よ」


私はマグカップ片手に、その魔の領域へ足を滑り込ませようとした。


その時だ。


ピキキ……ッ。


嫌な音がした。


見ると、頑丈に補強したはずの玄関扉が、白く凍りついている。


霜が蔦のように広がり、蝶番をきしませる。


(……寒気?)


いや、違う。


これは魔法だ。


それも、私の『安眠結界』を力ずくでこじ開けてくるほどの、暴力的な出力。


ドォォォン!!


轟音と共に、扉が粉々に砕け散った。


氷の破片がキラキラと舞う中、一人の男が踏み込んでくる。


黒い軍服に、漆黒のマント。


長身痩躯だが、全身から放たれる威圧感は、先日来た騎士たちの比ではない。


何より恐ろしいのは、その目だ。


氷河のように青く、けれど血走った瞳が、ギョロリと私を射抜いた。


「……見つけたぞ、魔女め」


声が低い。


地獄の底から響いてくるようだ。


私はあくびを噛み殺し、コタツの布団を肩まで引き上げた。


「……ドアの修理代、請求しますよ?」


「黙れ。我が部下たちに何をした」


男は抜剣した。


白銀の刃が、室内の冷気を吸ってさらに鋭さを増す。


「彼らは帰還後、腑抜けた顔で『森は平和でした』などと虚偽の報告をした。……あの真面目な部下たちが、だ」


男が一歩、また一歩と近づいてくる。


床が彼の足元から凍りついていく。


「貴様だな? 彼らに精神干渉魔法をかけ、洗脳したのは」


「人聞きが悪いですね。私はただ、お茶を出して休ませてあげただけです」


「それを洗脳と言うのだ!」


話が通じない。


どうやら彼は、部下が「元気になった」ことを「おかしくなった」と認識しているらしい。


なんてブラックな思考回路だろう。


(面倒くさい……)


戦う気など毛頭ない。


私は平和主義者だ。


争う時間があるなら、その分寝ていたい。


けれど、このままでは私の安眠パラダイスが氷漬けにされてしまう。


男が剣を振り上げた。


「国の憂いだ。消えろ!」


氷の刃が迫る。


私はため息をつき──コタツのスイッチを『強』に入れた。


「……まあ、とりあえず座ったらどうですか?」


とん、と床を叩く。


瞬間。


コタツの下から、目に見えない「熱の波動」が爆発的に広がった。


強制誘導カム・ヒア


私の魔力が、室内の冷気を一瞬で駆逐する。


振り下ろされようとしていた男の剣が、ピタリと止まった。


「……ッ!?」


男の表情が強張る。


彼は何か目に見えない巨大な手で掴まれたかのように、ガクガクと震え出した。


「な、んだ……この、熱波は……! 攻撃魔法、か……!?」


「いいえ、遠赤外線です」


「足が……勝手に……!」


男の意志とは裏腹に、彼の体は抗えない引力に引かれ、コタツの方へと吸い寄せられていく。


彼の本能が、「そこに入れば楽になれる」と叫んでいるのだ。


「くっ、おのれ魔女め……! 俺の精神を、乗っ取るつもりか……!」


男は必死に床に剣を突き立て、抵抗しようとする。


すごい根性だ。


普通なら、この半径一メートル圏内に入った時点で意識を手放すはずなのに。


彼の額から、脂汗が流れる。


目の隈が濃くなり、顔色が土気色になっていく。


(……ああ、この人)


近くで見て分かった。


彼は怒っているのではない。


限界なのだ。


体中の魔力回路が焼き切れ寸前で、精神が悲鳴を上げている。


痛みと疲労で神経が張り詰めすぎて、逆に倒れることができなくなっている。


いわゆる「過労死一歩手前」。


「……頑張り屋さんなんですね」


私は少しだけ憐れみを込めて、そう言った。


「でも、ここでは無意味です。観念して、堕ちてください」


私はコタツの布団をめくり、彼を招き入れる。


それが決定打だった。


ふわりと漂う温かい匂い。


視覚的な「ふかふか感」。


男の瞳から、ハイライトが消えた。


「あ……」


カラン。


剣が床に落ちる音。


次の瞬間、国最強の騎士は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。


ずるずると、その長い体がコタツの中へと吸い込まれていく。


そして、あろうことか。


「……うぅ」


彼は最後の力を振り絞って前進し、コタツの中にいた私の膝に、頭を乗せた。


(えっ、膝枕?)


拒否する間もなかった。


彼の頭はずしりと重く、熱かった。


「……暖かい……」


それが、彼の最後の言葉だった。


直後、寝息が聞こえ始めた。


スゥ……スゥ……。


まるで子供のような、無防備な寝息。


先ほどまでの殺気が嘘のように消え失せている。


「……はぁ」


私は天井を見上げた。


最強の侵入者を撃退した(寝かせた)のはいいが、これでは私が動けない。


重い。


退かそうとして、ふと彼の手を見た。


剣ダコだらけで、ボロボロの手。


爪の間には血が滲んでいる。


どれだけ自分を追い込んで働いてきたのだろう。


(……まあ、いいか)


私の『コタツ』は、入った者の魔力を吸って熱源にする循環機能がある。


彼ほどの魔力持ちなら、極上の燃料になるだろう。


湯たんぽ代わりだと思えば悪くない。


私は彼の硬い髪を少しだけ撫でてやり、手元の本(『効率の良い二度寝バイブル』)を開いた。


静かな午後が過ぎていく。


私の膝の上で、国の英雄が涎を垂らして爆睡していること以外は、平和な一日だった。


          ◇


「……ッ!」


男──ジークフリートが目を覚ましたのは、日が暮れて、月が昇った頃だった。


彼はガバッと上半身を起こし、周囲を警戒するように見回した。


「俺は、気を失って……!?」


敵地で意識を飛ばすなど、騎士としてあるまじき失態。


彼は即座に腰の剣を探し──そして、自分の体の異変に気づいて固まった。


「……痛くない」


彼は自分のこめかみを押さえた。


「頭痛が……ない? 関節のきしみも、魔力欠乏の寒気も……消えている?」


彼は信じられないものを見る目で、自分の手を見つめた。


十年以上、彼を苦しめてきた慢性的苦痛が、完全に消失していたのだ。


まるで、生まれ変わったかのように。


「目が覚めましたか?」


私の声に、彼はビクリと肩を震わせて振り向いた。


私はコタツの対面で、焼きミカンを食べている。


「き、貴様……俺に何をした!」


「寝かせただけです。……あと、貴方の魔力が漏れ出ていたので、コタツの燃料として有効活用させてもらいました。おかげで部屋が暖まりましたよ」


「魔力を吸っただと? ……バカな」


彼は狼狽えている。


魔力回路の詰まりが取れ、循環が正常化したことに戸惑っているようだ。


「毒や呪いではありません。ただの休息です。……もう用が済んだなら、帰っていただけますか? そこ、私の定位置なので」


私はシッシッと手を振った。


だが、彼は動かなかった。


いや、動けなかったようだ。


そのアイスブルーの瞳が、じっと私を見つめている。


殺意はない。


あるのは、縋るような、飢えたような光。


「……もう一度だ」


「はい?」


彼はテーブル越しに身を乗り出し、私の手首をガシリと掴んだ。


その手は熱く、微かに震えていた。


「もう一度、頼む! 俺を……俺を眠らせてくれ!」


「はあ?」


「薬も、魔法も効かなかった俺が、数年ぶりに熟睡できたんだ! この感覚は……この救済は、ここ以外にはない!」


必死の形相。


威厳もプライドもかなぐり捨てた、切実な叫び。


彼は私の手を両手で包み込み、拝むように言った。


「金を払う! 言い値でいい! 公爵家の全財産を投げ打っても構わない! だから頼む、俺に『次』の予約をさせてくれ!」


「……ええと」


私は困惑した。


どうやら、厄介な常連客(クレーマーではなく信者)を作ってしまったらしい。


「あの、とりあえず手を離してくれませんか? ミカンの皮が剥けないので」


「頼む! 責任を取ってくれ!」


「重いです」


騎士団長ジークフリート。


後に「アメリの番犬」と呼ばれることになる最強の男は、こうして私のコタツのとりことなったのだった。


(……平穏な生活が、遠のいていく気がする)


私は彼の熱烈な視線から目を逸らし、ため息と共にミカンを口に放り込んだ。


甘酸っぱい味がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ