流れる。のを辞める①
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――現在でも鮮明に思い出せる。
ずっと……変われるきっかけが、欲しかった。
あの地球に居た頃。
きっと、どこかの誰かの役に立っている筈。
いつか、誰かに認められる筈。
そう言い聞かせながら、踏ん張っていた。
でも突然に、感情の糸は切れた。
代わりなんかいくらでも居る……そう言われた時に。
強い失意の中、あの古びた本屋で見つけた一冊の本。
あの中で説明されていた儀式を、半信半疑で試してみた。ばかばかしいと、そう思いながら。
結果は……大成功だった。
見慣れた部屋の景色がグニャリと歪んだと思ったら、次の瞬間に俺の意識は黒い水の中に沈んだ。
沈んだ意識はまるで、積み上げた砂が崩れる様にサー……ッと流れていった。
薄れていく間、色んなモノを見た。
横になった俺を覗き込んでいるような、顔の無い大勢のヒト。
眼前にまで迫りくる、巨大な惑星。
その他にも色々。
特にはっきりと覚えているのは最後に見た……多分、地球。
でも今考えれば、宇宙から見下ろす様に見ていたあの星は、だけど俺の知ってるモノとは違った。
細部もそうだけど、何よりも……色が。
そこに吸い込まれる様に意識は引っ張られていった。
気付けば……そこは、俺の知らない世界だった。
――――異世界【エスペランサ】――――
「おーい」
――?
人の声……
「おーい。大丈夫ですかー?」
頭の後ろから感じる柔らかい感覚はたぶん草。
体の下から来る冷たさは……土かな。
聞こえる声に目を開けようとするが、どうにも瞼が動かない。
「死んでますかー。それとも生きてますかー」
そんな事を言われたのは初めてだ。
……言われてるん……だよな?うん。
「ぅ……っ……」
「お?今指がビクッとしたような」
どうにか体を動かそうと、もがく。
指だけって、おい。もう少し動けよ……
「ぐ……!」
「おぉう……目が開いた開いた。てことは生きてるんですねー。おはようですお兄さん」
やっと開いてくれた目に、強い光が入ってくる。
少ししてそれが収まった時、目の前に立って俺の顔を覗いている女の子が見えた。
つうかなんだこの子、兎耳……?
とても可愛い、見たことも無いくらいに可愛い女の子の頭の上に、兎耳が付いている。
耳がぴこぴこと動く。え、本物か?……いやいや、まさか……本当に成功したのか?
「ぐ……此処は……?」
「んっ?商店街ですけど。【アマヨ】の街ですよ。なんですか、もしかして酔っ払いですかー?心配して損したかも。帰ろ帰ろーっと」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
「もー。なんですか、酔っ払いさん」
一瞬だけ見えた女の子の後ろ姿。
ご丁寧に、そこには兎の尻尾……あのふわふわした丸いやつまで付いていた。
あれも動いてるぞ……?マジか。
自分の体を確認する。……取り敢えず、痛いところは無いみたいだ。
手をついて体を起こす。
「いや、悪い。何が何だか分からないが、酔っ払いじゃ無い事は確かなんだ……ただ、なんだか記憶が曖昧でね。ね、もし良かったら頼みが」
「はい?……あれ、お兄さんもしかして……」
……ん。まさか俺を知ってるのか?そんな訳は……
「……ヤバい人ですね?」
うん。違った。
マズい。凄く危ない奴を見る目になっている。なんとなく距離も取られたぞ。
「違う!違うぞ!俺はこの街に初めて来たんだ!倒れてたのはその……そう!単に腹が減ってただけ――」
「おまわりさーん」
「そんなっ!?」
問答無用かよ!?
驚くほど早く来た警察(?)の人達に拘束される。
「お兄さんが無実の人だったなら、またお会いしましょー。じゃっ」
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…………あぁ……床が冷たい……
元いた世界でも、警察のお世話になった事なんて無いってのに……。
なんだよ、異世界じゃ皆優しくしてくれると思ってたぜ。特に序盤はよ……
チュートリアルはどこ行った?道案内の綺麗なお姉さんはどこ行ったんだちきしょう。
いきなりブタ箱行きって、そりゃ無いよ。
「……なぁ看守さん」
「うるさいぞ」
「俺さぁ。お腹空いたなぁ」
「飯はその内に出るから大人しくしてろ」
「そうなんだ。……なぁ看守さん」
「…………」
「そもそも俺、別に悪い事してないと思うんだけど……なんでこんな檻に入れられてるのかな?」
「お前がそれ相応の罪を犯したからだ」
「そんな馬鹿な。……ちなみに、内容のほうを具体的に聞いても良い?」
「黙ってろ」
……うーん。明らかに不機嫌そう……これ以上はマズいかも知れないな。
ひとまず看守への質問を切り上げて、考える為に意識を沈める。現状の把握は大切だよな、うん。
まず、一番に懸念してた言葉の壁は無い事が分かった。これは一安心。
あまりにも誰かのご都合主義的に感じるけど、ま……気にしない事にしよう。そうしよう。
次に食べ物。
この世界で生きていく上でこれも大切な事。
此処に連行される間、人々の奇異の目に晒されながらも商店を観察したところ……たぶんこれに関しても問題無し。
実際に食べてみなきゃあ、そりゃ分かんないが……なるようになるだろ。
もし万が一、クソ不味い食べ物ばかりなら…………。いや、慣れるしかないか。
俺の身体に合わなくて食べたら死ぬ、とかじゃないのなら大丈夫。
最後に、授かっている筈のモノ。
あの本に書いてあったな。
世界を流れた者には【新たな力】が宿るって。
そんな、少しだけ小っ恥ずかしいモノを一体、何処の誰がくれるのか知らないが……有難い話だ。でもせめて、どんな力を貰えるのかくらいは知りたかったな。
「うーん……よしっ」
試しに、掌に意識を集中してみる。
「ふぬぬぬぬ……っ!」
出ろ……!なんか出ろ!魔法の火とか水とか……っ!
「――ぬあぁぁぁぁ!!!!」
ダメだ。頭の血管が切れそうだ。
看守をちらりと見れば、その背中はプルプルと小刻みに震えている。
笑うなよおいコラ。至って真剣だぞ俺は。
あー……なんか眠くなってきたし、取り敢えず後回しで良いや。そのうちに分かるだろ多分。
寝よ。
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「おーい」
――…………。
「おーいってば」
ん……んん?
なんだ、看守の野郎。随分と可愛らしい声になりやがって……
もしくはまだ夢の中か?
うん、そうに違いない。目を開けても真っ暗だし。起きるにはまだ早い――
「お兄さーん」
ピカッ!と、強い光が瞼の上から襲う。
「まっぶ!!……なんだなんだ!?」
「あ、起きた。おはよう」
「おはよう。……じゃねーよ!なんだ一体!?あとなんで手が光ってんだ、君は!?」
「まぁまぁ。ところでここから出たい?」
「ぁん?…………うーん。出たいのはそりゃ出たいがまだ眠いし、出来ればまた明日の朝とかに」
「あっそう。でも良いの?」
「?……なにが?」
「私、次はいつ来れるか分かんないから……お兄さんが出られるのもいつになるか分かんないね」
え。
「……なんだそりゃ!?じゃあ出るよね!すぐに出るよ俺はこんな場所!」
「だよねー。はいどーぞ」
ガチャン、と音を立てて檻の錠が外れた。
「く〜……っ、半日振りのシャバだぜ……!……ん?あれ?」
「どーかしたの?」
周りを見渡す。あれ、あの看守はどこいった?
「なぁ、此処に居た看守は?」
「どいてもらったけど?」
へ?
「お兄さんに罪が無いのが確認出来たからね」
「へ……へぇ〜。そうなんだ……」
あれっ?もしかしなくても、この子……
「さっ、行こ行こー。こっちだよ」
「あ、はい!行きます!」
結構偉い人なの……ですね?




