魔人
絶望の三人組
別の初級ダンジョン。
颯馬・沙耶・悠真の班は、薄暗い通路の奥で追い詰められていた。
「な、なんだよあれ……!?」
姿を現したのは――人型のスライム。
粘液が人の形を模した異様な存在。しかも常識を逸した速さで迫ってきた。
颯馬の左腕がスライムの一撃で切断され、鮮血が飛び散った。
「うあああああッ!!!」
断面から噴き出す血に叫び声を上げる颯馬。
だが悪夢は終わらない。切断された腕を覆った粘液が、じゅうじゅうと音を立てて溶かし始めたのだ。
皮膚が泡立ち、筋肉が黒く崩れ落ち、骨すら溶けて消えていく。
「俺の……俺の腕が……あああああああッ!!!」
絶望の絶叫が、薄暗い通路に響き渡った。
「くっ……俺が……守る!」
悠真は盾を構え、必死に前へ立った。
だが次の瞬間、盾ごと粉砕され――。
「――ぐっ!」
腹部に大穴を穿たれ、血を吐きながら崩れ落ちる。
「ひっ……」
沙耶の手が震え、幻覚を放つ。だが――。
「効いてない……!? 嘘……!」
人型スライムは幻影を無視して迫る。
「も、もう無理……っ……」
沙耶の身体は恐怖に耐えきれず、制御を失った。
衣服を濡らし、崩れ落ちるように後退する。
絶望が三人を飲み込もうとした、その時――。
「……お前ら、まだ生きてるか」
低い声が通路に響いた。黒崎獅童だった。
「大丈……夫、じゃないな。待っとけ。すぐ片付ける」
次の瞬間、黒崎の刀が閃いた。
目にも止まらぬ速さで振るわれた斬撃が、人型スライムを細切れに刻む。
断末魔もなく、地に崩れ落ちる魔獣。
「……救うのに手間をかけさせるな」
黒崎の冷ややかな声だけが残った。
⸻
魔人の出現
一方その頃、俺たちの広間。
咆哮を上げるミノタウロスの背後で、黒い霧が渦を巻く。
やがて人の姿をした存在が現れた。
「……来て正解だった。人間の力、確かめ甲斐がある」
低い声が広間を震わせる。
その気配だけで、肌を刺すような圧迫感が走った。
蓮が一歩前に出て刃を構える。
「人の形をしている……だが、これは……魔人か?」
魔人は薄く笑った。
蓮が低く言い切る。
「この禍々しい魔力……人のものじゃない。見ただけで分かる」
俺も口を開いた。
「……本で読んだことがある。魔人は人の姿を模すが、“纏う魔力”で正体が露見するって」
魔人の赤い瞳が愉快そうに細められる。
「ほう……目ざとい人間もいるものだ」
次の瞬間――蓮と魔人の刃が激突し、凄まじい衝撃波が広間を揺らした。
⸻
二つの戦場
「透! こいつは俺が抑える!」
蓮が魔人を押しとどめる。
だがその隙に、ミノタウロスは健在のまま咆哮を上げ、斧を振りかざして澪に迫る。
「澪っ!」
琴音が風で牽制するが、巨躯は止まらない。
俺の胸の奥で、叫びが爆発する。
(絶対に……守るんだ!!)
透明なビーズが激しく輝いた。
次の瞬間、透明の壁が現れ、ミノタウロスの斧を受け止める。
そして――衝撃を反射した。
「――ッ!?」
巨体が裂け、ミノタウロスは断末魔を上げながら真っ二つに崩れ落ちた。
⸻
魔人の退場
その光景を見て、魔人は目を細める。
「……なるほど。やはり面白い」
蓮と数合打ち合った後、魔人はあっさりと身を引いた。
「今日はお遊び程度に来ただけだ。続きはまただ」
黒い霧に溶け、姿を消す魔人。
広間には、倒れたミノタウロスの死骸と、なおも脈打つ核の黒い光が残された。
俺は澪を抱き寄せながら、震える手でビーズを握りしめる。
(これが……俺の力……)
その透明な輝きは、なおも強く脈打ち続けていた。




