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颯馬、敗北の夜

それから数時間後――。

1日目の試合はすべて終了し、128名いた挑戦者は半分の64名にまで絞られた。


勝ち残った者たちは寮へ戻り、次の戦いに備えて体を休める。

敗れた者たちは観客席に残り、互いの健闘を語り合いながら勝者の名を口にする。


「やっぱり神谷は圧倒的だな……」

「透の勝利は……偶然じゃないかもしれない」


熱気の余韻は消えることなく、学園全体を包み込んでいた。


 ――だが。

 その喧騒から離れるように、藤堂颯馬はひとり夜の石畳を歩いていた。


 街灯の下、義手を握りしめる。

 今日、彼は光永透に敗北した。

 それがどうしても飲み込めなかった。


「……くそ……なんで俺が……」

 奥歯を噛みしめる。

 炎の剣を鍛え上げ、入学以来ずっと上位に立ち続けた。

 怪我で片腕を失っても諦めず、義手を武器の一部に変えて磨き続けた。

 それなのに――“無色”と呼ばれ、馬鹿にされ続けてきたあの透に、正面から敗れたのだ。


 胸に溜まっていた熱が、ふと冷めていく。

 悔しさを越え、頭の中で戦いを反芻し始める。


「……冷静に考えりゃ……俺に勝ち筋なんてなかったんじゃねぇか?」


 炎の剣は確かに強い。だが透の透明の壁は、炎すら反射した。

 防御は鉄壁で、しかも一瞬の隙で攻撃に転じる。

 正面から攻めるほど、相手の糧にされる。


「無色のくせに……なんでだよ」

 拳を震わせる。

「……勝てる未来が、どうやっても想像できねぇ」


 吐き出した声は、敗北の痛みよりもむしろ戸惑いに近かった。

 今まで透を「落ちこぼれ」と決めつけ、笑い飛ばしてきた。

 だが、その実力は――少なくとも自分を超えていた。


(……あいつは、俺が思ってた“無色”なんかじゃねぇ。俺が馬鹿にしてきたのは……ただの言い訳だったのか?)


 そんな時だった。

 背後から、低く湿った声が届く。


「……力が欲しいか?」


 振り返ると、路地の奥にフードを深く被った男が立っていた。

 顔は影に沈み、誰なのか分からない。

 だが、不思議なことに“どこかで見たことがあるような”錯覚を覚えた。


「負けて悔しいだろう」

 男は低く問いかける。

「だが方法はある。……望むなら、力を得る術を与えてやろう」


 その言葉に、颯馬の胸が一瞬熱くなる。

 ――力。

 誰よりも欲してきたもの。片腕を失ってからなお、渇望し続けてきたもの。


 だが、すぐに鼻で笑った。


「はっ……ふざけんな」

 義手を叩きながら、吐き捨てるように言う。

「この世にタダで手に入るもんなんてねぇ。力には必ず代償がある。

 そんな怪しい話に乗るほど、俺は馬鹿じゃねぇ」


 夜風が吹き、路地に沈黙が落ちる。

 フードの男は笑っているのか、ただ静かに立っているだけなのか分からない。

 ただ、口元がわずかに歪んだように見えた。


「……そうか。ならばいい」


 その一言と共に、男の影は闇に溶けるように消えた。


「……ちっ。なんなんだ、あの胡散臭ぇ奴は」

 颯馬は悪態をつき、背を向けて歩き出す。


 だが、胸の奥ではどうしても消えない思いが残っていた。

(……透。なんでだ。どうしてお前はあんな戦いができる?)

(……勝てる未来が思い浮かばなかった。

 ――いつか、俺はちゃんとあいつに謝らなきゃならねぇのかもしれねぇ)


 その夜、颯馬はようやく自分が避け続けてきた感情に、ほんの少しだけ触れていた。

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