プロローグ
三つの祈り
この世界には、太古の時代から語り継がれる三つの
祈りがある。
「世界、リセットあらんことを」
「世界、守護者あらんことを」
「世界、均衡あらんことを」
人々はそれを子守唄のように口ずさみ、時に
信仰し、やがて忘れていった。
ただの寓話だと誰もが思っている。
――だが、この三つの祈りこそが、後に俺たちの
運命を大きく揺さぶることになる。
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ビーズと魔力
人は皆、生まれながらにして**「ビーズ」**と
呼ばれる小さな結晶を宿す。
それは魂の欠片であり、力の源であり、この世界
の理そのものだ。
赤は炎。青は水。緑は風。黄は雷。紫は幻。
黒は破壊。
六属性――それが人類を導き、文明を築き、
国を守ってきた。
生まれたときのビーズは誰もが無色透明。
だが、それは“空っぽ”ではない。
魂の奥底にはすでに属性が宿っており、
やがて赤・青・緑・黄・紫・黒のいずれかに
必ず色づく。
例外はない。――少なくとも、歴史の中では。
ビーズの力を使うには魔力を消費する。
魔力は生命に流れる見えざる燃料であり、
使いすぎれば体を蝕み、最悪は命を落とす。
だからこそ、属性と魔力の両方が人の価値を
決める指標とされてきた。
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測定器と学園
人は成長の中で、自分のおおよその適性を自覚する。
火を操れれば赤、水を呼べれば青――
そんなふうに。
だが、それが公に証明されるのはただ一つ。
ビーズ学園に設置された唯一の属性測定器に触れたときだけだ。
測定器は世界にただ一つしかなく、代々学園に受け継がれてきた。
ゆえに学園は、若者たちが己の力を証明し、未来を切り拓く“門”でもある。
そこに集う者は、ほとんどがすでに自分の属性を理解している。
だから測定は、形式的な儀式にすぎない――はずだった。
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七つ目の色
学園の資料室には、古代の石碑の写しが保管されている。
そこには六属性の力が記されていたが、一つだけ不可解な空白があった。
本来「七つ目の色」が刻まれていたはずの場所。
だが、その部分は削り取られ、痕跡すら曖昧にされていた。
教師たちは「ただの劣化だ」と笑い飛ばす。
七つ目など存在しない、と。
けれど俺は、その空白を見たとき、なぜか胸の奥がざわついた。
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幼い記憶
俺には曖昧な記憶がある。
幼い頃、転んで大きく怪我をした澪を、必死に助けようと手を伸ばした。
そのとき、掌から透明な光があふれ出し、彼女を包んだ。
大人たちは誰も信じなかった。
「無色にそんな力はない」「夢を見たのだろう」と片付けられた。
俺自身も、あれが本当にあったことなのか分からない。
ただ一人、若葉澪だけは信じていた。
「透は私を守ってくれたんだよ。忘れたの?」
だから俺も、信じたかった。
あの光は幻じゃなく、確かに存在したのだと。
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無色の少年
俺の名前は光永透。
小さな町で育った、ごく平凡な少年だ。
父は鍛冶屋、母は裁縫師。血筋に特別なものはない。
ただ一つ――俺のビーズは、いつまで経っても色づかなかった。
同年代の友達が次々と属性を発現させていく中で、
俺の掌に宿る珠は無色のまま。
「落ちこぼれ」
そう呼ばれるのも、もう慣れた。
それでも澪は笑って言う。
「透は透だよ。色がなくても、私は信じてる」
その言葉に何度救われただろう。
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運命の日へ
ビーズ学園――国家直属の教育機関にして、最高の戦士を育てる学び舎。
ここに入学できれば、未来は大きく拓ける。
俺は澪と共に挑戦する。
無色だからって、無能じゃない。
必ず証明してみせる。
その決意を胸に、俺は学園の門をくぐった。
――俺が、世界の祈りの答えを知る日が来るとも知らずに。