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第6話 2人目の入居者は


「うちー?橘ひまり!今日からここの寮に住むやつー♪」


 これでもか、というくらい元気に名乗り、ひまりは軽やかな靴音を響かせて玄関の段差をひょいっと上がってくる。

 跳ねるような歩き。その動きに合わせて、低めに結んだツインテールがぴょんぴょんと揺れた。光を受けて、きらきらと踊る髪。


 少し大きめのTシャツにショートパンツ。

 すらりと伸びた手足は健康的で、もうすぐ終わるはずの“夏”そのものみたいだった。


「えっと……お兄さんは、管理人さん?」


「そうですよ。花守って言います。よろしくお願いしますね」


「かたっ! うち、まだ十九のガキだよ? タメ口でお願い!」


 明るく言いながら、ひまりは軽く僕の肩をポンポンと叩いてくる。


「てか、むしろうちがタメ口でごめんだよ〜」


  まったく悪びれる様子のない笑顔。いたずらっ子のような目が、こっちの戸惑いをおもしろがっていた。


「……よし!負けた!お互いタメ口にしよっか」


「かー話が分かるねー! こりゃ、大当たりの寮だわ!」


 笑いながら、ひまりは「ただいまー!」と大きな声で玄関から中へ進んでいく。

 まるで昔から住んでいたかのような自然さだった。


 案内したのは、二階の空き部屋。まだ何もない。

 ひまりは入るなり「よしっ」と声を上げて、そのまま床に大の字で倒れ込んだ。


「良い部屋じゃん!隣は?」


「隣は空き部屋だよ。その隣が、『音無こゑ』さんの部屋だよ」


「うわっ、助かった〜。うるさくして嫌われたら大変だからさ」


「……うるさくは、しないであげてほしいけど。そんなことで人を嫌うような方じゃないよ」


「だよねー。でも、うちまだ一年目だし。会社の先輩ってなると、ちょっと気を使っちゃうよね……」


 そう言って笑うひまりの口元とは裏腹に、視線は床の一点を見つめていた。さっきまでの快活さが一瞬だけ陰る。

 気づかれたくないとでもいうように、すぐに笑顔を貼りつけるのが、見えてしまった。


(ナヅキといい、どうしてこの寮に来る子たちは……こう、少し“張ってる”感じがあるんだろう)


 元気な言葉のすき間から、かすかに滲む不安と寂しさ。

 気のせいかもしれない。そうだと、いいんだけど。



「まぁでもさ、昨日の配信とか近くで学べるのは役得かも! 毎晩、配信後に突撃しちゃおうかな〜ニシシ!」


 そう言ってひまりは勢いよく体を起こす。笑い声には、ほんの少しの“演技”が混じっていた。

 それは少しわざとらしく、少し不器用だった。


「つーか、お兄さんさぁ、話してるとつい喋りすぎちゃうんだけど! この柔らか〜い雰囲気のせいだよねっ!」


 そう言いながら、ひまりは勝手に部屋を出ていく。


「食堂、どこ〜? 案内してくれちゃってもいーい?」


 すでに階段を下りながら、ひまりが振り返って声をかける。

 慌てて追いかけて、一緒に食堂へ向かう。



「お兄さんが――」


 言いかけて立ち止まり、眉間に皺を寄せてうーんと考え込む。


「お兄さんってのも、ちょっと失礼かな……花守さんって、名前は?」


花守はなもり奏太かなただよ」


「じゃ、“かなたん”ね! かなたんがさ、ご飯作るの?」


「……初対面で“かなたん”の方が、ちょっと失礼っぽいけど」


「へへへ。気にしな〜い。そういうタイプっしょ?」


「まぁ……確かに、呼び方は何でもいいけど」


「じゃ、けってーい! で、ご飯はかなたんが作るんだ?」


「そうだよ。口に合うものを出したいから、好みがあれば教えて」


「うち、何でも食べれるよ〜! あ、でもカップラーメンのさ、お湯多めで、待ち時間1分長めが至高!」


「覚えとくよ。でも、非常時以外はカップラーメンは出さないかな。勝手に食べる分には構わないけど」


「え、うそ! カップラーメン以外も食べれるの?」


「どんな食生活なの!?」


 二人で笑い合う。

 でもその瞬間、ひまりがふと、遠くを見るような目をした。



「……ほんとに、普通のご飯って、出るんだ……」


 ぽつりとこぼれた言葉に、はっとする。

 照れ隠しのように顔をそらすひまりを見て、そっと問いかけた。


「今、食べる?」


「え、いーの?」


「俺も小腹空いてたし。せっかくだから、歓迎の意味も込めて」


「……じゃ、お言葉に甘えちゃおっかな」

 

 ひまりは控えめに笑いながら頷いて、「何でだろ、本当に出しすぎちゃう……」と小声で付け足した。


———


 作り置きのおかずを並べると、ひまりは目を輝かせた。


「じゃ、うちの歓迎会ってことで!かんぱ〜い!」

 

 調子を取り戻したひまりは元気にそう言うと「いただきます」とも呟いて箸を取る。


「かなたん! 天才っ! これ、店の味じゃん!」


 どうやってそんなに入るの、と思うくらい大きな一口で、ひまりは勢いよく箸を進める。なのに食べ方は丁寧で、見ていて気持ちがいい。


「ごちそうさま〜♪」


 ぺろりと平らげたあと、食器を流しに運びながら、ひまりがこちらをちらりと見る。


「洗おっか?」


「いいよ、それは管理人の仕事。交代して」


 そう言って近づくと、ひまりが体をすっと寄せてきた。


「じゃさ、新婚さんみたいに、一緒に洗う?」


 その距離、表情、声ーー思ったよりも近い距離に一瞬心臓が跳ねる。


「年上をからかうの禁止。橘さんは荷解きしてきて」


「“橘さん”!? うちとかなたんの関係でその呼び方はないでしょー?」


「……まだ会ったばっかだし、仕事中だし」


「でもタメ口じゃん?」


「ぐぬぬ……」


「じゃ、住人のメンタルケアも管理人さんの大事な仕事ってことで?」


 そう言って、ひまりは「つらい〜」「誰か、ひまりんって呼んでくれたらなー」などと棒読み芝居を始める。


「……負けた。“ひまりさん”でいい?」


 それでもひまりの棒読みを芝居は続く。「はぁもうがんばれない」「距離を感じてショック」「“さん”って……」とチラチラとこちらを向く。


「……今日は負けっぱなし!分かった、“ひまり”で」


「にしし、やったー! じゃ、夜の配信に備えて荷解き頑張ってくるね〜!」


 そう言って、ひまりは軽く僕の肩を叩いて出ていった。

 シンクを見れば、話しながらちゃっかり洗い物まで終わっていた。


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