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第25話 隠せない気持ち


 朝。


「おっはよーございまーす♪」


 うちはダイニングのドアを開けるなり、いつも以上の声で挨拶した。


 かなたんはキッチンでエプロン姿、いつもの落ち着いた背中を見せてる。


 この背中、好きなんだよなー


 うちはもう知ってる、自分の気持ち。

 でも、いつも通りでいたい。今までみたいに笑っておきたい。でも――。


「おはよう、ひまり。今日は早いね」


「うち、なんか今日めっちゃ元気なんだよー♪」


 わざとらしく肩にぴとっと頭をのせると、かなたんが「おっと」と声をあげて慌てる。

 少し顔も赤くなった。嬉しい。


 でも、多分うちの方が赤い。


「もう、危ないって」


「えへへー♪」


 笑いながら離れられなくて、胸の奥がぎゅっとする。

 昨日の夜、布団の中で『好き』って認めたからかな、目が合うだけでまたドキドキする。




 今日は久しぶりのオフ。

 デビュー1周年を記念して、事務所が3Dを準備してくれている。

 『lyric colour』全体のフェスで、少しだけの歌ってお披露目予定だったけど、最近歌の調子が良いからとミニライブを4ヶ月後に開くことになった。

 これも、かなたんとのカラオケのおかげだ。かなたんが生活を見てくれて配信に集中出来てるおかげだ。


 でも、ミニライブとはいえ時間がない。ほぼ毎日打ち合わせやレッスンをしている。


 だから、今日は久しぶりのオフだ。

 かなたんは昼過ぎくらいには時間空くかなーってソワソワと横目で見てしまう。




 午前中は防音室でナヅキちゃんに付き合ってもらって練習。

 休みだから遊びたい理由も、ライブを失敗したくなくて休みたくない理由も、同じ。



「……ひまり、笑顔、いい顔してる」


「えへへー♪そーお?」


 歌うことが楽しいって、やっと思えるようになった。

 それに加えてかなたんとのカラオケを思い出して、歌っててもかなたんのことばっか考えてしまう。

 自分の気持ちを意識してしまったからかな。




 『家族みたいで好き』なんじゃなくて、『特別』になりたいんだって、知ってしまったから。


 でも、今のこの寮の空気を壊したくないはないんだ……。





 昼過ぎ、食堂で少し休憩。


 二人掛けの椅子に座る奏太さんの隣に、自然を装ってぴとっとくっつく。


「ねえねえ、かなたん♪」


「ん?」


「今日の晩ごはん、うちも手伝って良い?」


「いいの?助かるな」


 笑ってくれる顔が嬉しくて、でもその笑顔を『うちだけのもの』にしたいって思ってしまう自分が怖い。


 ダメだ。この考えは今はダメだ。


「なに、急に真剣な顔して」


「え、えへへ〜♪なんでもないよーだ!」


 焦って足をバタバタしてごまかす。奏太さんが困ったように笑うけど、その顔もまた好きで、苦しくなる。





 夕方。

 台所でかなたんと並んで野菜を切る。近い。

 

 一緒に買い出しに行きたかったのに、食材は無駄なく使っていて買わなくても良い日だった。

 家庭的過ぎるかなたんを恨めしそうにジーッと見つめる。


「ひまり、包丁持ってその顔は怖いって」


「えへへ、事件が起こるねー♪」


 でも言葉と裏腹に、何か緊張して力が入らん。だって一緒に料理とか新婚じゃん!


 近い。近いよかなたん……!


 かなたんの手がそっと、うちの手に重なる。


「ほら、こう持って、こう切る」


 ストンと切れる。

 違う。切ることすら出来ないわけじゃないの。


「…………」

 

 もうね、乙女の手を握るなんて狙ってやってるでしょ!

 うちからくっつくのは良い! けど、かなたんから手を握られるのは熱くなる!


「ひまり?」


「……うち、好きなんよ」


 言葉が、口からするっと出てしまった。


「……え?」


 奏太さんが目を丸くする。やばい、言っちゃった。やばいやばいやばい――!


「あ、この寮での生活ね! じゃうちやること思い出したから!あとお願い!」


 うちは叫んでその場から逃げた。リビングを走り抜けて、階段を駆け上がって、自分の部屋のドアをばたんと閉める。




 部屋の中。


 心臓がうるさいくらいに鳴ってる。顔も熱くて仕方ない。


「なにやってんの、うち……!」


 でも、笑ってしまう。


 かなたん、多分気づいたんじゃないかな。


 “家族みたいな空気”が壊れてしまうかも。



 でも、それでも。


 (うちは、うちのこの気持ち、もう隠せないかも……)


 『好き』が溢れてきちゃう。





 夜。


 コンコン、とドアが鳴る。


「……ひまり、入るよ」


 かなたんの声。


「……どーぞー」


 入ってきた奏太さんの顔を直視できない。けど、逃げるわけにもいかない。


「……さっきはごめん。急に手伝えなくなって」


「ううん。気持ちだけでも嬉しかったよ……ありがとう」


「…………」


 何に対して言ってるんだろ?

 もうバレたと思ってはっきりさせるべき? 

 それとも知らないふり? 恋愛初心者すぎて分からない。


「ひまりの気持ち、嬉しかったよ」


 優しい声。優しい顔。


 それが逆にずるくて、また胸が痛くなる。

 

 だから、どの気持ちに対して?

 寮が好きって言葉?

 かなたんが好きって態度?


「うち、あと4ヶ月後に3Dライブすることになったんだー」


「……うん」


「かなたんのおかげで、歌が楽しくて……まだみんなみたいに“伝わる歌”じゃないけど、良かったら見て。うちの気持ち、多分伝わる、はず」


 言った瞬間、涙が出てきた。顔を隠して泣きながら笑った。


「ごめん、変なこと言って」


「変じゃないよ。……ライブ、楽しみにしてる」


 頭に手が置かれる。大きくて、あったかくて、優しくて。


……ずるいなあ、かなたん。



 そう思いながら、その手の温もりを感じていた。





 夜、ひとりになってからベッドの上で天井を見つめる。


 胸の奥が、まだ熱くて仕方ない。


 うち、もう隠せないな。隠したくない。


 特別になりたい。



「やっぱり好き……」


 小さく呟く声が、夜の寮に溶けて消えた。

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