第24話 家族じゃない、この気持ちは
昼下がりの音森荘は、ぽかぽかと柔らかい光が差し込んでいた。
それぞれ部屋でも出来る作業を食堂に持ち込むことが増えた。
ナヅキちゃんはノートパソコンでサムネイルの編集作業をしていて、雪代さんが歌の音源を整理している。
キーボードを打つ音、マウスを動かすカチカチという音が重なり合って、静かだけど心地いいリズムを刻む。
うちは意味もなくキッチンに入り込み、冷蔵庫を開けたりしながらぼんやりとその空気を眺めていた。
少しして、かなたんが買い出しから帰ってきて、すぐにお茶を淹れる準備をする。
「かなたん、ありがとー♪ でも一旦休んでー! うちが最高の一杯を淹れたげる♪」
キッチンにいればかなたんと自然と交流する機会が増える、なんて思ってない。……多分。
かなたんはいつもの穏やかな笑みでうちにお礼を言いながら、雪代さんに声をかけてた。
「雪代さん、今日は顔色いいですね」
「ふふ、この前はご迷惑をおかけしたから」
「無理はしないでくださいね。また歌ってほしいので」
奏太さんが笑うと、雪代さんもふわっと笑った。少しだけ頬を赤らめて、その顔はなんだかいつもの雪代さんよりも、もっと大人の女性に見えた。
その笑顔を見た瞬間、胸がキュッとなった。
なんで、そんな顔するんだろ。
なんで、それを見てうちの胸は痛くなるんだろ。
わかんない。わかんないけど、どこか、苦しくなる。
うちは小さい頃から一人で過ごすことが多かった。
誕生日もクリスマスも、ママとパパは忙しくて、仕事場でヘッドホンをつけて一人でVtuberたちを見て過ごしていた。
そんなうちにとって、この寮で過ごす時間は本当に特別で、大切で、家族みたいで。
ナヅキちゃんが無言でうちにお茶菓子を差し出してくれる優しさも。
少食のはずの雪代さんが夜食の準備を手伝ってくれる気遣いも。
奏太さんが「お疲れ様」と言ってくれるときの笑顔も。
全部が、私の宝物になった。
だから、壊したくなかった。
この空気を失いたくなかった。
夜になって、リビングで雪代さんが奏太さんに歌収録の相談をしていた。
「もっと、楽しい歌を、今度はあなたに……聴いてもらいたいなって」
その言葉を言ったあと、雪代さんは小さく口元を押さえて、顔を赤くして俯いた。
うちは、その瞬間、気付いてしまった。
(あ……雪代さん、かなたんのこと……)
雪代さんが、うちがまだ見たことのない顔で笑った。柔らかくて、少し恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうな顔。大人だけど少女みたいな顔。
女のうちが見ても、惚れそうになる顔。
私の胸が、またキュッと痛くなった。
部屋に戻って、ヘッドホンをつけて小さな声で歌を歌った。
1階の防音室は、食堂と近い気がして今日はやめておいた。
それに、大きな声を出すと、この気持ちまで飛び出してしまいそうで、怖かったから。
家族みたいでいたいのに。
壊したくないのに。
雪代さんの気持ちに気付いてしまったから、このままじゃいられない気がした。
だけど。
(うちも……本当は……)
ヘッドホンの中で流れる伴奏に合わせて歌いながら、うちは自分の口元が笑っていることに気付いた。
胸が痛くて、でも温かくて。
この痛みは、家族じゃない。
家族みたいに一緒にいるだけじゃ、もう満足できない自分がいる。
特別な関係になりたい。
でも、それはわがままだって思う。
でも――それでも、うちは。
次の日の朝。
うちは早めに起きて、かなたんの日課のジョギングを一緒に走った。
その後は、朝食の準備も手伝った。
野菜を刻んでいると、かなたんがうちの隣で笑いかけてくれた。
「ありがとう、ひまり。助かるよ」
「……や、うちも花嫁修行でもしようかなーって♪」
ふざけて笑い返すと、胸がまたチクンと痛む。
でも、その痛みは昨日より少しだけ優しくて、温かかった。
これが、家族じゃない気持ちなんだと。
これが、恋なんだと。
うちはやっと、そのことに気付いた。
壊したくない。だけど、本当は――
この気持ちは、家族じゃない
うち……かなたんのこと……
好きなんだ




