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第13話 ナヅキとお出かけ


 10月の爽やかな風を受けて、思わず鼻歌を口ずさみながら玄関の掃除をする。


———シャッ、シャッ、シャッ


「……やっぱ奏太ぐんのその音好ぎだ……」


 後ろから鈴の鳴るような声がして振り向くとアッシュブラウンの髪の毛を風に揺らしながらナヅキが立っていた。


「あ、ナヅキさん、おはよう!」


「……奏太ぐん、おはよう」


 ナヅキはまだ半分しか開いていない目を擦り、大きく伸びをした。

 その拍子に僅かにのぞいた、真っ白な腹部が陽の光を反射して、思わず目を逸らした。


「ここに来てからほとんど毎日、外に出てるけど休めてるの?」


 ナヅキは引っ越して来た日以外は、昼間はトレーニングや収録等で出ていた。


「ひまりちゃんと違って、配信は毎日でねから……大丈夫」


「無理しすぎないでね。体が第一だから」 


 ナヅキは微笑んで頷いく。


「ふふ。そういう奏太ぐんも休んでねべな?」


「俺は日中は大抵休みみたいなもんだから」


「……買い出すや掃除とかいつもしてるぐせに」


 確かに寮の管理人は休みがない。

 おばあちゃんや母優子が1日変わろうかと連絡をくれたこともあるが、特段やることのない俺は断っている。


「まぁでも、無理しないでね。配信者は誰かが見てるって思うだけで、疲れが倍になることもあるだろうし」


「……どった仕事でも大変なのに……やっぱ優すいなぁ……」


 ナヅキはそのまま数歩近づいてきて、俺を見上げて笑う。


「奏太ぐんが遊んでけるなら、今日は休む……」


 夏の名残りを僅かに残す秋風に乗って、ふわりと蜜を含んだような優しい香りが鼻先をかすめる。

 その匂いと上目遣いに、一瞬で心臓が跳ね、顔が熱くなる。


「そ、それじゃ、遊ぼうか。……でも、急に休んで大丈夫なの?」


 ナヅキはふわりと笑う。


「……実は今日、元々休みだ」


 そういうことなら、と準備をするために室内へ戻ろうとする。そこを呼び止められた。


「……そうだ、今日はちょっとだけ遠出しねが?」


「遠出?いいよ、どこ行く?」


「……ふふ、ヒミツ」


 ナヅキの表情はいつもより大人びて見えた。



 準備と言っても掃除で埃っぽくなった服を着替えて、終わりだ。

 時間が余ったので、簡単な炒め物を作って後でレンジでチンすれば食べられるようにしておく。


 そして、2階の自室に篭っているひまりに声をかける。


「ひまりー、ナヅキさんと出てくるから。昼ごはんは冷蔵庫に入れてあるから温めて食べて」


「さっすが、かなたん!神っ♪ありがたく頂くねー!」


 部屋からはすぐに元気な返事が来る。


「……あ、うち、今日は結構長い時間ゲーム配信してると思うから晩ごはんもいらんよー!配信でリスナーに自慢しながら“かなちゃん”のご飯モグモグするわー♪」


 すでにナヅキから俺と出かけることを聞いていたのだろう。


「気づかい、ありがとね!」


「……うちとも今度遊べよー!」

 

 最後は少し拗ねたような演技がかった声が聞こえてきた。



 玄関で待っていると魔女っ子のような黒いもったりとしたワンピースを着たナヅキが静かな足音でやってきた。


 目立ちたくなくて着ているらしい黒の服は白磁のようなナヅキをより強調しており、余計に目立たせてしまうという結果になっている。


「へへ、お待たせ……」


 薄らと笑うナヅキにぴったりな薄い化粧をしており、普段“オフ”のすっぴんに見なれている管理人としてはドギマギしてしまう。


「待ってないよー。行こうか」


 どうにかいつも通りの口調で話せたと思う。

 2人して少し柔らかになった日差しの中を駅に向かって歩いていく。


「今日はどこに行くの?」


 日傘をくるくるとしながら少し前を歩いていたナヅキに声をかける。


「……隠すようなごどでねか。今日は美術館さ行きて」


 ナヅキも久しぶりの休みに高揚しているのだろう。方言がいつもよりも出ている。

 気を許してくれているようで嬉しくて頬が緩む。


「ふふ……」


「ん?……今、方言出過ぎだったが?」


「違う違う。出てた方が気を許してくれたみたいで嬉しいって思ってさ」


 そう伝えるとナヅキは嬉しそうに微笑んだ。


「奏太くんは……変な風さ笑わねって思ってらはんで安心す……」


「みんな、そうでしょ。ナヅキも最近のメン限配信じゃ“津軽弁で交流”を楽しみにしてるリスナー多いし」


「っ!……なっ!そったとこまで見てらの?」


 ナヅキは一気に顔を赤くしてオロオロとする。


「ナヅキとひまりの配信はチェックするようにしてるよ」


「な、な、すたっきゃ“かなちゃん”褒めでらところも……」


「うん。配信で褒めてくれた料理、少し頻度多くなったでしょ?」


 ナヅキは顔を真っ赤に染め上げて、「それでか……」と呟いている。

 そして、バッとこちらへ顔を上げる。


「……そいだば、ひまりの配信も聞いでら?……歌枠、すごかったな……」



 ナヅキの薄紫色の瞳には今までになかった焦りの色が一瞬だけ浮かんだ。




「……最近、自分の歌……なんが違う気がする……」



 その呟きは秋の風に乗って、すぐに消えた。

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