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第1話 今日から管理人


「配信者の寮にするって……どういうこと?」


 お椀を持った手が止まった。

 湯気の向こうでは祖母はさも当然というように味噌汁を啜っている。

 こっちは咽せないようにするのを苦労したっていうのに。

 まるで、今日は天気が良いから布団を干しといて、みたいなテンションでいうから飲み込むことに時間がかかった。


 とりあえず祖母に倣って味噌汁をもう一口飲む。さすが小料理屋を経営するだけあって味噌汁すら美味しい。


「……で、配信者の寮にするってどういうこと?」


「最近はね、“弾いてみた”とか“歌ってみた”とかが流行ってるんでしょ。音が出せる部屋を探してる子たちが、けっこう多いんだって」


 それはそうなんだろう。

 俺が音大をやめた5年前ですら学生の中には「音楽活動の場がない」や「顔だししたくないけど歌いたい」なんて声は多かった。

 今はより増えているんだろう。


「確かにあのばあちゃんのアパートは防音室もあるけど……音大生のためって作ったのにいいの?」


「音大生って言ったって学校が転移しちゃったって今はスカスカなんだから仕方ないじゃないか」


「スカスカなのは今どき風呂もトイレも共同だからだと思うよ」


 沢庵をポリポリしながら、意外と鋭いじゃないかって顔で目を見開かないでよ。

 現在進行形でそこに住む唯一の住人だから不便さは分かるよ。今は一人だけど仮に誰かがいて、知らない人と空気を読み合うのはキツイなって思う。

 

「あ、待って。寮にするからアパートから出てけって話?確かにずっと甘えてるのは良くないなって思ってたけど……」


「いんや違うよ。奏太かなたがそこの管理人になるって話」


 これまた、切り身が半額だったから夕飯は煮付けにしよう、みたいに当然そうするみたいな意思決定をする。


「は?」


「だから管理人を任せたって話。あ、『花守』の方は優子さんが手伝ってくれるから大丈夫」


 あ、小料理屋の方は優子(母)が手伝うならよかったー……。


「いやいやいや、それならおかんが管理人やった方が良くない⁉︎」


「うーん、配信者の事務所……リリ……リリック……」


「もしかして『lyric(リリック) colour(カラー)』?」

 

 あまり詳しくない俺でも知ってるほど、Vtuberを業界じゃ結構な大手じゃないか。


「そう、そのリリックカラーの担当者が言うには住む予定の子たちは生活リズムが夜型になりやすいみたいでね」


「で、おかんより夜型にも対応できそうな俺が適任と……」


「まさにそれだよ。女の子だけみたいだし男手があった方が安心だしね」


「ぶっ!それなら余計におとこじゃダメでしょ!」


 今度こそ味噌汁を吹き出した俺をニンマリとした笑みで見つめるばあちゃん。


「何言ってんだい。男手で、安パイ、掃除に料理……奏太あんたしかおらんよ」


「ぐっ!」


 25歳にして女性と付き合った経験のない身としては言い返せない。たまたまチャンスがなかっただけ……


「チャンスがなかっただけなんて言わせないよ。あたしゃ色々お客さんから色々聞いてんだから。奏太あんたのチキンなエピソードを」


「ぐぬぬっ!」


 業務中にお客さんから誘われて、ほいほいとついて行けるわけないじゃないか。業務中だぞ!あんたの店だぞ!


「あの日はあと10分であがりってタイミングだったはずだけどね」


 にひひ、と魔女のように笑うばあちゃん。

 さっきから脳内から漏れ出る声と会話するエスパーのようなばあちゃんには勝てない。

 この話が出た時から負け確なのだ。


「このおいぼれを助けると思って、ね」


 この言い方をされたら俺は勝てない。

 ばあちゃんには今も昔も恩しかないんだ。



「……分かったよ……俺に出来ることなら頑張るよ」


「ありがとよ。そう言ってくれると思ってたよ……ただ、まぁ頑張るのはほどほどで良いかね」


 ばあちゃんは「それじゃ買い出しに行こうかね」と食器を持って立ち上がる。


「あ、ばあちゃん!洗いものやったら、俺が行くから必要なものだけメモしといて!」


 ばあちゃんはいたずらっぽい笑顔をこちらに向けて言う。


「お医者さんにも歩けって言われてるし、あたしが行くよ。奏太あんたは寮の掃除しておいて。共用部分と自分の荷物を一階の管理人室へ移しといて。とりあえず3部屋だけは明日から一度入居前のハウスクリーニングが入るから……1週間後には入居者が来るからね!」


「すでに話がかなり進んでんじゃん!」


 俺のツッコミにしてやったりの笑みを深めて無言で去っていくばあちゃん。

 

 

 この流されて受けた寮の管理人の話が、そこでの出会いが、俺の生活を賑やかにしてくれるなんて夢にも思っていなかった。


 その時の俺はばあちゃんの笑みを見て、若い頃はさぞかしモテただろうな、と見当違いのことをただただ考えていた。





 


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