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車輪

 永久に回り続ける車輪があるという噂が耳に入り、ミシマ調査官と僕は現地へと向かった。僕はというと、ミシマ調査官を補佐するためという名目だったが、実際には日程調整や移動手段の確保、ホテルの手配をしたりと、単なる雑用係だった。それでも、初めての出張ということで、いくらか浮かれていた。


 車輪がある美伊野市は、人口三万人ほどで、基幹産業は、農業と林業、それと、羊に関する施設がいくつかある都市だった。さらに、軍隊の駐屯地があるため、ほどよく賑わっていた。


 汽車で三時間。美伊野市に着くと、なんだか空気が薄いような気がした。調査官に聞いてもそんな気がしないということだったので、僕の気のせいだったのかもしれない。胸が圧迫されるような、軽い動悸のような不思議な感覚だった。

 問題の車輪がある場所は、私有地―個人の農地だった。既に軍隊が到着していた。土地の所有者も困ったような顔でうろうろしていた。

「どうも」

 調査官は愛想なく挨拶をした。

「どうも」

 軍人達も、鸚鵡返しのように愛想なく言った。このご時勢、同じ国家公務員同士の挨拶なんて、こんなものだ。

「これです」

 若い軍人が二メートルほど掘削された畑の中を指さす。

確かに自動車のホイールくらいの車輪が一つ埋まっている。しかし、回転し続けている。どういう仕組みかわからないが音もなく回転していた。


 詳しく話しを聞くと、もう使用していないような畑だったが、今年に入りマンションを建てることになり、農地転用も済ませているところであった。何十年も前にもマンションを建てる計画があったため、道路改良工事のついでに市の水道本管から、給水管を既に農地内に引っ張っていた。今回、その給水管を探すために、所有者が自分の小型重機で掘削している最中にこの問題の「永久に回り続ける車輪」を発見したということだった。

「およそ、二千年前くらいの型だね」

 調査官は、メモ帳を取り出し、現物と記載されている内容を照合していた。

「二千年前? そんなはずはない。この辺りは何度も掘り返している。たかだか二メートルくらいの深さで見つけられなかったはずがない」

 所有者が言う。

「ええ。違うんですよ」

 調査官は落ち着いて言う。

「車輪は移動するんです。街から街へと」

「そんな馬鹿な話あるんですか」

 軍人は呆れたように囁く。

「障害物を自ら避けて、堀り進んでいるんですよ。それは、植物の根が、石や、他の障害物をよけて伸び続けるイメージに近いかもしれない」

 調査官は冷静に説明する。

「とにかく、持ち出しましょう」

 軍人は言う。


 やがて軍の二トントラックが来て、地元の土木会社の重機も到着した。軍人五名、地元の作業員十二名が、作業に加わり、丁寧にそして、速やかに車輪は運び出された。

「怪我人が一人も出なくて良かった」

 調査官は言う。

「あの車輪はどこに運ばれるんです?」

「東京の研究専門施設に運ばれる。その後は、わからない。まぁ、ただ確かなことは、この世界から無かったものとして処理される。回り続けているっていうのも、それはそれで問題なんだよ。あの世に片足を踏み入れている存在だ。人間の作ったものは、やはり不完全でなければならない。故障したり、誤作動を起こしたり……。正常に回り続けているように見えるってことは、そいつのしたに多くの生贄が埋まっているのかもね」

「そんなもんですか」

 僕は釈然としなかったが、それ以上、何も言わなかった。

 

 ホテルでチェックインを済ませると、調査官は用事があると言い、一人、街へと消えていった。僕も、なんだか妙な興奮が残っていたため、このまま眠るわけにもいかず、近場の焼き鳥屋へと入った。二時間、ビール数杯と、酎ハイを一杯飲み、気分良く外へと出て、空を見つめた。真っ暗な暗闇の中で、光の粒は、何かを訴えかけるかのように明滅する。銀河の果てには、何があるのだろうか。あの車輪のように、永久に回り続ける物体が、動き回っているのだろうか。

そんなことを考えていると、調査官がタバコをふかしながら、ホテルへ戻ってきた。

「よう。飲みにでていたのか」

「ええ。調査官もですか?」

「いや、俺は車輪の中継地点の確保で、色々、連絡を取っていたよ」

「それは、ご苦労様です」

 僕はそう言い、また空を眺めた。調査官も空を見つめる。

「我々の仕事って、一体、何なんですかね」

 僕は訊ねる。

「辻褄あわせ……。真実を世間に公表することが、真の目的ではないよ。人々は、快適に、何の不安も持たずに、生活できるようにすることが重要なんだ」


 その後、あの場所にマンションが建ったかどうかは知らない。車輪の件も時が経てば、忘れ去られることだろう。


(2017年)

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