4. 立ち直れない
十年以上も続いていた私との婚約を破談にした途端、ウェイン殿下は子爵家のイルゼ・バトリー嬢と結婚してしまった。
私は完全に打ちのめされた。ベッドから起き上がる気力もない。もはや家のことも王家のことも、どうでもよかった。何も考えられない。私はただ、愛した人に嫌われ捨てられた、一人の惨めな女だった。
「ひ……っ、……ぅ……、うぅっ……」
泣いても泣いても、涙が尽きることはない。もう何日が経ったのだろうか。食事をとることもできずにただベッドに臥せって泣き続ける私を見て、母もついに涙を零した。ごめんなさい、心配かけて。だけどもう、立ち直れる気がしない。ここからどうやって起き上がればいいのか分からない。
あの方は私の全てだったのだから。
泣き疲れてようやく眠りにつくと、いつも優しかったウェイン殿下の顔が浮かんでくる。夢の中で、あの方は私の名を優しく呼んで両手を広げてくださるのだ。
『おいで、フィオレンサ。俺が悪かった。君以上に俺を愛してくれる人など、この世にいるはずもないのに』
殿下……っ!ありがとうございます……。私を信じてくださるのですね……!
その殿下の腕に飛び込もうとすると、必ず目が覚めてしまう。
「……ふ……っ、……うぅ……」
そして私はまた涙を流すのだった。
もう、二度と目を覚ましたくない。
「いい加減にしないか、フィオレンサ」
ある時、ついに父が私の部屋に入ってきた。
「もうあれから何週間が経ったと思っているのだ。こうなってしまった以上、お前も前に進むしかあるまい。起きなさい」
「…………。」
何週間……。そうか、もうそんなに経ってしまったのか……。
私はぼんやりとそう思った。時折、侍女に体を起こされ粥のようなものを口の中に流し込まれていたのは分かっている。まさかそんなに経っていたなんて。
私はゆっくりとベッドの横に立っている父を見る。険しい顔をした父が言った。
「……ヒースフィールド侯爵家のご令息が、お前を心配して見舞いに来た。もう何度も来てくれているのだぞ。だがそんななりでは、会うこともできないだろう。起きてきちんと食事をとるんだ」
「…………。」
……ヒースフィールド侯爵家の、ご令息……。
しばらく父を見つめているうちに、ぼんやりと思い出してきた。
貴族学園で共に学んでいた、爽やかで礼儀正しい人。ジェレミー・ヒースフィールド侯爵令息。皆に人気があって、素敵な方だったと思う。私はウェイン殿下以外の男性に少しも興味がなかったけれど、とても博識な人だったのは覚えている。よく皆で集まって、放課後の勉強会をしたものだった。そういった場には、ウェイン殿下はほとんど参加したことはなかったけれど。
……懐かしいな。
だけどわざわざうちまで会いに来てくださるなんて。心配してくれるのはとてもありがたいけれど、……正直、今はまだ誰にも会いたくない。
だけど、この日以来父に厳しく叱咤されるようになり、私は徐々に起き上がる時間が増えていったのだった。
きっと父なりに、私のことを心配してくれていたのだろう。