32. 国王陛下からの宣告(※sideウェイン)
「ね、ねぇ……、一体何の用かしら。私、怒られると思う?……ねぇってば」
「うるさい。頼むから黙っててくれ。何も話しかけるな」
心に余裕など一切ない今、イルゼの声は聞きたくもない。国王陛下の私室に向かいながら、俺は必死で言い訳を考えた。
……だがもう、何も思いつかない……。
「……失礼いたします、父上」
「入れ」
父の部屋に入ると、そこには俺の弟である第二王子のサイラスと、その婚約者のアシーナ・コルベック侯爵令嬢がいた。
(……っ、)
ますます嫌な予感がする。
サイラスは何とも言えない顔で俺を見、アシーナは侮蔑を隠そうともしない表情で俺とイルゼを一瞥すると、ツンと前を向いた。
俺はここに来てようやく覚悟を決めた。いや、決めるしかなかった。
(……大丈夫だ。別に犯罪を犯したわけではない。王家への反逆を企てたわけでも、国が傾くほどの大損害を出したわけでもない。まさか、殺されることなどあるはずもないしな……。王太子の任は、元々俺には荷が重すぎたんだ……)
ここは優秀な弟とこの婚約者に全てを譲り、俺たちは今後王宮の片隅で大人しく生きるんだ。できる限り父上を刺激しないように。慎ましく静かに過ごしていれば、そのうち弟に代替わりする日が来る。この温和な弟ならば、俺を悪いようにはしないだろう。
それまでの辛抱だ。今はどんな沙汰が下ろうとも、黙って受け入れるしかない。
そんなことをぐるぐると考えていると、父が低い声を出した。
「お前たちを呼んだのは、今後のお前たちの身の振り方について伝えるためだ。まず、ウェイン。お前の王位継承権を剥奪し、このサイラスを王太子とする。……異論はないな?」
「……はい、父上」
やはり来た。当然だろう。異論はないななどと仰ったが、はなから俺に文句など言わせるつもりはないのだ、父上は。
「サイラス、アシーナよ。今話したとおりだ。これからのことは、頼んだぞ」
「承知いたしました、陛下」
「拝命いたしました、陛下。ディンスティアラ王国のため、全身全霊で励んでまいります」
二人が恭しく返事をするのを穏やかな眼差しで見届けた父上は、まるで別人のように冷酷な表情で、俺をギロリと睨みつけた。
「ウェインよ、貴様はそこの女が王家に嫁いできて以来散々重ねた浪費による損失を、せめても埋め合わせてもらうこととする」
「……っ、……は……」
イルゼの方を見もしないで“そこの女”と冷たく言い放った父上は、俺に向かってそう言った。
(損失を、埋め合わせる……?いや、イルゼの度を超えた浪費を咎められるのは、もちろん分かるが……)
俺に一体何をせよと仰っておいでなのか。言いようのない不安がよぎる。
俺は父の言葉の続きを待った。
「お前たち夫婦には、旧モンクリーフ男爵領へ行ってもらう。かの地を管理し、豊かにして利益を上げてみせよ。もうお前たちに出来ることといったら、そのくらいのことだろう。すぐに出立の準備をせよ」
「……は、…………え?」
旧、モンクリーフ男爵領……?
すぐには思い浮かばず、俺はグルグルと頭を回転させた。
(──────っ!!ま、まさか……っ)
そして思い当たった瞬間、全身から血の気が引いた。
没落し、数十年前にすでに廃爵されているかつてのモンクリーフ男爵家の領土であった地。痩せ細った土地が広がるその場所は王国の最北端に位置し、男爵家が手放した後は王家管轄の地となっている。
だが、まさか、あそこへ……?あんな寂れた何もない、作物もまともに育たないようなところへ……?!
俺に、これからそこで生きていけと……?!
「ちっ、父上……っ」
どうかご容赦を。お許しください父上。違うんです。俺はたった一度……、人生の岐路において、たった一度判断を誤っただけ。それだけなのです。今後はイルゼに浪費など一切させません。むしろもうこうなった以上、離縁して実家に戻してしまえばいい……!俺だけならば、この王宮に残ってやれることはたくさんあるはず……、王太子となったサイラスを、その手足となってそばで助けてやることも……!
溢れるほどの許しを請う言葉が、頭の中に次々に浮かんでくる。しかしそれらの言葉を発することは許されなかった。
俺を睨みつける父の目が、それを許さなかった。
「去れ、ウェインよ」
それが父からの最後の言葉だった。




