29. 突きつけられた現実(※sideウェイン)
「……っ、はぁ……、はぁ……」
息が上がる。手が震える。何故だ。何故これを、執事が持ってきた。どういう意味だ。……まさか、……フィオレンサ……。
俺に、これを返すというのか。
それは、つまり…………。
グラリと視界が揺れ、体にドン、と衝撃が走った。気が付くと俺は腰を抜かし、床に尻もちをついていた。手から滑り落ちたビロードの箱から、青いブローチが転がり落ちている。
「そ……、そんな……!まさか……っ!」
我知らず乾いた声が喉から零れた。俺は無我夢中で執事の足元に這い寄り叫んだ。
「どっ、どういう、ことだ、これは……っ!な、何なんだこれは!フィオレンサは……、フィオレンサは、どこにいる?!何故来ない!!なぁ、どこにいるんだ?!」
ブリューワー公爵家の執事は直立不動のまま俺を見下ろし、その無表情を崩さず淡々と答えた。
「お嬢様は昨日、ヒースフィールド侯爵家のご令息と正式に結婚なさいました。本日早朝より、お二人でご旅行に出かけております」
「……そ、」
そんな……、嘘だ……。
フィオレンサ……。
目の前が真っ暗になった。体中の力が抜ける。
自分の荒い呼吸の音だけが聞こえる。
俺は……、フィオレンサに見捨てられたのか……?
ならば、……俺は、どうなるんだ……。
「……っ、」
突如頭の中に、怒りに満ちた父のあの恐ろしい顔が浮かんできた。俺を睨みつける、あの恐ろしい目が。
「……どっ!どこだ?!頼む、連絡をとってくれ!フィオレンサに!もう一度……、もう一度だけ、話し合おうと!側妃が気に入らないのなら、他の方法を考えると!」
「無理でございます、ウェイン殿下。フィオレンサお嬢様とヒースフィールド侯爵令息は、すでに婚姻に関する手続きを全て役所で済ませてございます。ジェレミー様はブリューワー公爵家に婿入りなさいました。お二人は、もう正式なご夫婦です。お二人のご旅行先は、ヒースフィールド侯爵領の南方にあり、ここからはかなりの距離があります。早馬を出したとて、何日で便りが届くかも分かりません」
「……っ、ほっ、他には?!何か、……何か伝言はないのか?!こういう風にすれば考え直すとか、……お、俺が、どういう誠意を見せれば、彼女の……っ」
「ウェイン殿下」
ブリューワー公爵家の執事は、感情をなくした死刑執行人のような顔で、俺を見下ろしていた。
「覆りません。ご了承ください」




