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王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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28. 待ち望む(※sideウェイン)

 あれから三日。


(今日こそ……来てくれるだろうか、フィオレンサは……)


 昨日も一昨日も、彼女の来訪を待ち焦がれていた。気持ちが落ち着かず、部屋の中を何度も行ったり来たりしてしまう。




 身勝手な頼みであることは、百も承知だった。俺のために尽くしてくれていた彼女を一方的に捨てた挙げ句に、やはり側妃として仕えてくれなどと。だがもう、俺がこの王宮で生き残る道は他には考えられなかった。


 正直、もしもフィオレンサが俺の頼みを断るようなことがあれば、父に頼んでフィオレンサを側妃として召し上げるよう王命を出してもらおうと考えていた。父も不機嫌になるだろうが、あのフィオレンサが俺とイルゼを補佐してくれるとあれば、内心ではありがたいと思うはずだ。強引な手段は気が引けるが、そうして召し上げた後に時間をかけてゆっくりとフィオレンサの心を(ほど)いていこうと思っていた。


 しかしフィオレンサは分かってくれた。さすがは王太子妃となるべく幼少の頃よりしっかりと教育を施されてきた、完璧な令嬢だ。もうあれは本能的なものなのだろうか。窮地に陥ったこの俺を見限ることなど、彼女には到底出来なかったのだろう。


 恥も外聞もなく、プライドをかなぐり捨てて縋りついた俺の手を、フィオレンサは優しく包み込んだ。顔を上げると、彼女の女神の微笑が目の前にあり、俺は安堵した。


 よかった。フィオレンサは俺の申し出を受け入れてくれたのだ。これで救われる……!


 あとはフィオレンサがあの男に事情を説明し、関係の解消をして身辺を整えてから、俺の元にやって来るのを待つだけだった。数日間準備期間が必要だと彼女が言ったのは、そういうことだろう。礼儀を欠かないきちんとしたフィオレンサらしい対応だ。


 イルゼには腹が立って仕方がないが、もうあいつが正妻であることを俺も受け入れるしかあるまい。巧みに騙されたとはいえ、俺の落ち度でもあることは確かだ。俺を愛し抜いているフィオレンサには申し訳ないが、正妻であるイルゼとの間に子を生す必要はあるだろうな……。後々の諍いの原因を避けるため、フィオレンサには避妊薬を飲み続けてもらうべきだろうか。……いや、それともやはりブリューワー公爵家の優秀な遺伝子を俺の息子に継がせるためにも、側妃に子を産んでもらいイルゼに避妊させるべきか。この辺りは父上に相談だな。あいつとは散々肌を合わせたが、「しばらくは二人きりの時間をゆっくりと楽しみたいわ」などと言うイルゼに合わせそれなりに気を付けていたおかげで、まだ子が出来ていなかったのが不幸中の幸いだが……、今思えばあれだって、自分がたっぷりと遊び回りたかっただけなのだ……クソッ……!


 その時。


 部屋の扉がノックされ、侍従が取り次ぎに来た。


「失礼いたします、ウェイン殿下。ブリューワー公爵家の執事が謁見を申し込んできております」

「っ!」


 来たか、ようやく……!


 ……ん?……執事が……?


「……執事だけか?一人で来ているのか?」

「はい。……いかがいたしましょうか」


 フィオレンサではないのか。……何故だ?


 不審に思ったが、いずれにせよブリューワー公爵家からの来客とあれば話を聞くしかない。何かの事情でフィオレンサが来られなくなったが、俺をこれ以上待たせられないと思い先に執事を寄こしたのかもしれないしな。


「…分かった。部屋に通せ」


 俺は侍従にそう命じ、静かに部屋で待った。フィオレンサからの伝言を聞くために。




 やがて侍従がブリューワー公爵家の執事を連れて戻ってきた。侍従は頭を下げると扉を閉め、部屋を後にした。

 よく見知った顔のブリューワー公爵家の執事と、二人きりになる。


「突然の来訪、恐れ入ります、ウェイン王太子殿下」

「いや……、構わない。こちらも待っていたのだ。……それで?フィオレンサはどうした?何故来られなかったのだ?伝言は預かっているのだろうな?」


 気の焦りから、つい畳みかけるように執事に問いただす。

 すると執事は何やら小さな箱を取り出した。


「はい。お預かりしてございます。こちらを……、ウェイン殿下にお渡しするようにと」


 執事が恭しく、その小箱を俺に差し出した。


(……?何だこれは)


 何故だか俺は、おそるおそるその小箱を受け取った。じわり、と背中に嫌な汗が浮かぶ。緊張で鼓動が速まり、その箱の中を確認するのが怖かった。


 俺はその深緑色のビロードの箱を、祈るような思いでゆっくりと開けた。


「……。……え……?」


 そこには、青い宝石が一つ。


(……いや、……これは……)


 よく見ると、それはブローチだった。

 少しの間を置いて、俺はようやく気付いた。

 それはかつて、俺がフィオレンサにただ一度だけ贈った宝石。


 俺の瞳の色と同じ光を湛えたブローチだった。







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