20. 再会
(……やっぱりたくさん集まってる。よかった、ジェレミー様がそばにいてくださって……)
隣にいるジェレミー様の腕に通した指先に、私は無意識に力を込めた。ジェレミー様が私を見つめて微笑む。
「誰よりも綺麗だよ、フィオレンサ。……大丈夫、安心していて。私がついているから」
「……ええ」
頼りになるその言葉に、胸がときめく。素敵な人……。こんな人に選んでいただけるなんて、私は幸せ者ね。
屋敷まで馬車で迎えに来てくださったジェレミー様は、ご自分がプレゼントしたドレスを着て出てきた私を見て、息を呑んでいた。
『……最高に美しいよ、フィオレンサ。まるで女神だ……』
大袈裟な物言いに、思わず笑ってしまったものだ。でもたしかに、ジェレミー様が今日のためにと贈ってくださったこの澄んだ水色のドレスは、透明感があり、派手すぎず華やかでとても美しい。まるでおとぎ話のお姫様のような気分になる。
私は緊張しながら、ジェレミー様と共にパーティー会場である王宮の広間に入っていった。
私たちが中に入ると、そこかしこで楽しそうに談笑していた高位貴族の方々が、一斉に静まりこちらに注目した。まぁ……、とか、素敵……!、とか、あちこちからヒソヒソと囁く声が聞こえてくる。……よ、よかった。大丈夫。今のところ、誰からも妙なことは言われてなさそう。もちろん「ほら、王太子殿下から捨てられた可哀相な公爵令嬢が来たよ!」なんて無作法に大声で言うような人は、この場にいるはずがないのだけれど。
「おや、もう王妃陛下とステイシー王女がいらっしゃる。ご挨拶に行こうか、フィオレンサ」
「え、ええ……」
「ふふ、緊張しているの?」
「ええ、それは、もちろん……」
王妃陛下に対してではなくて、周りの視線に対して、ですけれど。
それに。
「……っ、」
王妃陛下とステイシー王女の方を見た時、視界の端にあのお方の姿が飛び込んできた。そしてその隣に立つ、真紅のドレスを着た方の姿も。
緊張で喉がゴクリと鳴った。だけど私は、彼の方を見なかった。堂々と、真っ直ぐに。王妃陛下の方だけを向いて、背筋を伸ばし口角を上げて、ゆっくりと歩いた。隣にいるジェレミー様の体温を感じながら。
大丈夫。普通にしていればいいの。全てはもう過去のこと。私にはこの人がいる。
「遅くなってしまいました、申し訳ございません、王妃陛下」
「まぁ、構いませんことよ。お久しぶりね、ヒースフィールド侯爵令息に……、まぁ、フィオレンサ……」
「ご無沙汰しております、王妃陛下」
私は王妃陛下にカーテシーをした。何とも言えない切なげな顔で、王妃陛下は「来てくれてありがとう、フィオレンサ」と言ってくださった。やはりご自分の息子と破局した私を招くことに、思うところはあったらしい。
「ステイシー王女殿下、ご無事の帰国をお喜び申し上げます」
「お帰りなさいませ、ステイシー王女殿下」
「まぁっ、ありがとうございます。お久しぶりですわ、フィオレンサ様、ヒースフィールド侯爵令息様!」
王妃陛下が見守る前で、私とジェレミー様はステイシー王女にもご挨拶をする。相変わらず溌剌としていてお元気な方だ。私たちはそのまましばらく、ステイシー王女の留学先でのお話を聞きながら会話を楽しんだ。
……さてと。
他にも王女殿下へのご挨拶をしたくて待っている方々がいる。来たばかりであまり長話をするわけにもいかない。会話が途切れたところで私たちは軽く挨拶をし、一旦離れた。
「……。」
次は、あの方々だ。ずっと目を逸らしていたけれど、もう見ないわけにはいかない。指先が冷たくなってきた。
きゅ。
「!」
温かい手でその指先を握られ、顔を上げると、ジェレミー様がこちらを見て微笑んでいた。
大丈夫。
そう言っているようだった。私は微笑み返し、そのまま数歩歩いて、ウェイン殿下の前までやって来た。斜め後ろで、ジェレミー様が私を見守ってくださっている。
「……フィオレンサ」
「ご無沙汰しております、ウェイン殿下、イルゼ妃殿下。この度はステイシー王女殿下のご無事の帰国、誠におめでとうございます」
……あ。
あら?……案外、平気かも。
私は再びふわりとカーテシーをしながら、そう思った。
「……あ、ああ。ありがとう、フィオレンサ。……久しぶりだ。今夜はまた……」
「貴族学園でお目にかかって以来ですわねぇ!お久しぶりですわ~フィオレンサさん!お元気そうで何より」
ウェイン殿下が何か話そうとなさったような気がしたが、イルゼ王太子妃がずいっ、と前に出て来て私にそう言った。その王太子妃らしからぬ態度と口のきき方に、私は面喰らった。
「は、はい。お久しぶりでございます」
「随分お幸せそうねぇ?そちらの方は……」
「ヒースフィールド侯爵家のジェレミーです。ウェイン殿下、イルゼ妃殿下、ごきげんよう」
「あぁ、そうそうっ!覚えていますわ!ご令嬢方に大人気でしたわよねぇ。おほほほほ」
そのままジェレミー様がイルゼ王太子妃の話し相手をしてくれているのを、私は一歩下がって見ていた。
ウェイン殿下は話している二人の向こう側から、そんな私のことをずっと見つめていた。




