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19. 失った彼女の真心(※sideウェイン)

「……いいか?余計な口は開かなくていい。とにかく静かに、しおらしくして微笑みながら立っていろ。あとは挨拶をしてきた者たちに、ただ返事をするだけだ」

「分かってるって何度言えばいいのよ。イライラさせないで。せっかくのパーティーなのよ。私楽しみにしてるんだから!」

「…………。」

「はぁぁ……、どれも飽きちゃったなぁ。このドレスも案外地味だったし……。王太子妃としてパーティーに出る以上は、誰よりも輝いていなくちゃ!皆が私の美しさを見るのを期待しているわけだから。……ねーぇ殿下、新しいドレス、プレゼントしてくださる?私しか着こなせないような、特別ゴージャスなものがいいわぁ」


 俺の言葉を面倒くさそうに適当に聞き流しながらクローゼットを漁っていたイルゼは、突然クネクネとしなを作り、上目遣いで俺にピタリとくっついてくる。今や新しいドレスや宝石を強請る時にだけ見せる態度だ。白々しい。


(……こんな風に思うようになるなんてな……)


 あんなに可愛かったのに。愛おしくてたまらないと思っていたのに。

 この子に飽きる日など永久に来ないと、この子となら全ての障害を乗り越えていけると、たしかにそう思っていたのに。


(まだ結婚から1年も経っていない……。それなのに、まるで夢から覚めてしまったようだ……)



 妹ステイシーの帰国を祝う、ささやかなパーティー。

 そんな場にイルゼを伴って列席する時には、皆から羨望の眼差しを浴びるのだろうと思っていた。俺が可愛いイルゼをエスコートし、皆から祝福されながら二人並んで登場する。身分違いの真実の愛を貫いた俺たち夫婦の姿に、皆が感動と称賛の声を贈る。完璧な王太子妃となったイルゼ、それを誇らしげに見つめて微笑む俺、幸せな王太子夫妻……。



 だが実際は、イルゼのマナーの悪さや知識の足りなさが露呈しないよう気を遣いながら、できるだけ喋るな動くなと忠告して、ビクビクしながら列席することになってしまった。誰も俺たちを称賛などしていない。普段から陰口ばかり叩かれている俺たちだ、きっと皆から白い目を向けられるのだろう。


「やっぱりこういうときは既製品じゃダメよね。仕立て屋を呼びましょう!今から最速で仕上げてもらうわ!他のどの令嬢たちとも被らない色とデザインで作ってもらわなきゃ!ね~ぇ、いいでしょう?殿下ぁ~」

「……あまり目立つものは止めろよ」

「やったわ!ありがとう殿下ぁ!ふふっ、楽しみだわぁ~」

「……。」


 もうお前の贅沢に割く予算などとっくになくなっている。いい加減にしろ。王族だからといって、好き放題豪遊していいというわけではないんだぞ。持っているドレスで列席しろ。


 そう言わねばならないのだが、その後のイルゼとの激しい口論を思うと、疲れの方が先にやってくる。いつもそうだ。俺がイルゼをたしなめ、諭すようなことを口にすれば、俺を言い負かすまでムキになって怒鳴ってくる。本性を現したイルゼは、もはや別人だった。


 きゃっきゃと機嫌良くはしゃぎながら侍女を呼びつけ、あれこれと指示を出しはじめたイルゼを尻目に、俺は足取り重く夫婦の部屋を後にした。今夜は別室で寝たい。




 王宮の廊下を歩きながら、俺は溜息をつく。


(このままじゃマズい。どうにかしなければ……。だが、どうすればいい……?)


 簡単に離婚などできない。だがイルゼは勉強ができない。ろくに覚えられないし、覚える気もない。

 寝食を捨ててでも励むと言っていたのは、全て嘘だったのだ。イルゼに騙されていたとしか思えない。


(あいつは立場が欲しかっただけなんだ。立場と権力が。それを得るために、俺の前で猫を被っていたのだろう。すっかり騙された。今のイルゼが、本当のイルゼなのだ)


「……。」


 その時、ふいに気づいた。




『すごいですわね、王家に嫁がれる公爵家の方々って。偽の愛を本物に見せる……。私などには想像もつかない世界ですわ』



『フィオレンサ様が今日お茶会の席で、私のお友達の男爵令嬢の頬をぶったそうですわ』



『私がこの王国の頂点に立って全てを手に入れるのよ!そのためならどんな演技だってしてみせるわ!って、高らかに言ってらっしゃいましたわ』




「……まさか……」


 イルゼから度々聞いていた、フィオレンサの裏の顔。

 あれらも全て、イルゼの作り話だったのではないか……?


(いや、まさか、ではない。今なら分かる。……イルゼの他に、一人としてフィオレンサを悪く言う者などいなかったではないか……!)


 ああ。

 何故、ほんの少しも疑問に思わなかったのだ、俺は。

 イルゼとの情事に溺れ、脳みそまで溶けていたのか。考えれば分かることだ。


 思い出してみろ。フィオレンサが長年俺に見せてくれていた忠誠を。愛を。





『……殿下、どうか、信じてください。私が殿下のおそばにいたかったのは、野心などでは、ございません。私は、“王妃”になりたかったわけではありません。ただ……、ただ、あなた様のおそばに、いたかったのです。お支えしたかったのです。あなた様の、妻に、なりたかった……それだけです。ウェイン殿下、……わ、私は、……あなた様を、心から、……愛しております』

 




「……っ、」


 思わず、足が止まる。

 あの日、フィオレンサに別れを告げた、最後の日。


 フィオレンサはあの美しい瞳に涙を溜めて、震える声を絞り出しながら、そう言ったのだ。あれはきっと真実の言葉。彼女が俺に最後に示してくれた、彼女の真心だったのだ。



「……フィオレンサ……!!」







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