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14. 思惑通り(※sideイルゼ)

 案の定、王太子はすぐに私に溺れた。



『イルゼ……、お前は本当に可愛いな。お前のような女に出会ったことがない』

『殿下……。ああ、そのお言葉を聞くだけで、幸せすぎて体が溶けてしまいそうですわ。私こそ、殿下のような素敵な方にこれまでお会いしたことがございません。こんな風に、殿方にこの身を委ねてしまう日が来るなんて……。たとえ今日限りのことでも、構いません。私は今日を一生の思い出として、これからの人生を生きていきますわ』

『ふ……、いじらしいな、お前は。安心しろ。お前を無下に捨てたりはしない』

『っ!ほ、本当でございますか?殿下……っ』

『ああ、もちろんだ。このまま離れられるわけがないだろう』

『ああ……殿下……っ!』


 私は感極まったように瞳を潤ませ、素肌のままで殿下の首に抱きついた。


『ははは……。本当に可愛いな、イルゼ』


 王太子はそんな私を、心底愛おしげに抱きしめてきたのだった。その首筋に顔を埋めながら、私は笑いを堪えるのに必死だった。

 なんて簡単な男なの。




 そこからはもう思うつぼだった。王太子の婚約者であったフィオレンサ・ブリューワー公爵令嬢は完璧な女のようで、醜聞など何一つ出てこない。それどころか聞こえてくる噂は、どれも彼女を褒めそやすものばかり。成績は申し分なし、幼少の頃からの王妃教育を早々に修了し、6ヶ国語以上で流暢に会話ができる、立ち居振る舞いが完璧で誰もがその所作に見とれる、品行方正で真面目、誰にでも優しく公平で、学園の皆から慕われ愛されている……。


 それじゃ駄目だわ。私は思った。見た目も美しく、非の打ち所がどこにもない。ならばもう作るしかないわね。彼女の裏の顔を。




 私は殿下に呼ばれて逢瀬を重ねるたびに、無邪気を装いさり気なく、ブリューワー公爵令嬢の悪口を吹き込んだ。公爵令嬢は王太子を心底大切にしているように見えるが、それが演技であること、陰では弱い者虐めをしていること。表と裏の顔が全くの別人であること。



『フィオレンサ様って、お友達ととても信頼しあっていらっしゃるのですね。今日も中庭でご友人方に、たくさんのことを話していましたわ。近くでお喋りをしていた私や友人たちにも、聞こえてきましたのよ。小さな頃からの夢は、王妃様になることだけだったそうです。私がこの王国の頂点に立って、全てを手に入れるのよ!そのためならどんな演技だってしてみせるわ!って、高らかに言ってらっしゃいましたわ。……演技って何のことか、私には分かりませんけれど。お芝居も習っていらっしゃるのでしょうか。すごいですわね、高位貴族のお嬢様方って。ふふ』

『……フィオレンサが、そんなことを……?』

『ええ。いつもご友人方と、そんな会話をなさっていますわ。楽しそうですわよね。高貴なお方は、やっぱりすごいです。夢は王妃様、だなんて。私にはとても考えられません。私はただ、……こうしてあなた様に寄り添っていられれば、それだけで幸せですわ。他には何もいらない……。あなた様の愛を受ける束の間のこの時間が、私の全てでございます、殿下』

『……イルゼ……!』


 この言葉を聞いた殿下は、一層私を強く抱きしめた。




 そしてある日、ついに王太子がポツリと言ったのだ。


『……お前のような優しさと愛に満ちた女がこの国の王妃となれば、きっと素晴らしい国になるだろうな……』

『……え?ま、まぁ、何を仰いますの?突然……』


 心臓が痛いほどに高鳴った。この男……ついに婚約者を排除して、私を妻にしたいという気持ちが出てきたんだわ……!期待と緊張で、背中にじわりと汗が浮かぶ。

 ここで答えを間違うわけにはいかない。落ち着くのよ。私はあくまでこの男を愛しているのだ。高貴な座が欲しいわけではない。この男との愛を貫き、その結果としてたまたま王太子妃の座に納まることになる。そのスタンスを絶対に崩してはいけない。


『……いや、ふと思っただけだ。……ふ、無欲なお前には考えもつかないのだろうがな』

『殿下……。……ええ、王妃の座など、私などには畏れ多くて、とても考えられませんわ。想像もつきませんもの。……ですが、もしも王太子妃になることができれば、やがては王妃となり、生涯あなた様をすぐそばでお支えすることができるのですわね。……羨ましいですわ、フィオレンサ様が……』

『……。』

『ふふ、殿下がそんなことを仰るから、つい夢を見てしまうじゃありませんか。もしも私が、あなた様の妻となれるのなら……。私は毎日死に物狂いで勉強いたしますわ、王妃となるための教育の全てを。食事も、眠る時間さえもいらない。ただあなた様のためだけに、全てを投げ打って学ぶのです。それって、何て幸せなことなのでしょうか。……儚い夢ですわね……』

『イルゼ……!』


 私は瞳を潤ませ王太子を見つめ、そんな私を王太子は力いっぱい抱きしめるのだった。私は王太子の耳元で囁く。


『いえ、いいのです、殿下。いいのです……。たとえ結ばれることがなくても、私は生きている間に真実の愛を見つけることができました。あなた様に出会い、この愛を知るためだけに、私はこの世に生まれてきたのですわ……』

『……真実の、愛……』

『ええ、そうですわ殿下。私たちのこの愛こそが、真実の愛なのです。地位も権力も、家柄も何も関係ない。ただ愛するだけの、この心ですわ……』






 上手くいっていた。何もかも。

 ついに王太子妃の座を得て、最たる望みが叶った。これからは豊かで贅沢三昧の、国内最高峰の暮らしを満喫できるんだ。この国で最も崇め奉られる存在。王族。王太子妃。



 そう思っていたのに。



「はぁ……。まさかこんなに難しいなんてねぇ……王妃教育って。やってらんない」


 面倒くさすぎてサボっていたら、ついに今日初めて王太子に怒鳴られた。何よあの態度。私にメロメロなくせに。腹立つ。


 あー……。

 イライラしすぎて化けの皮剥がれそうだわ。







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