10. 葛藤
「送ってくださってありがとうございます、ジェレミー様」
「いえ、少しでも長くあなたと話していたかったから。私が好きでしていることです」
「……っ、」
「こちらこそ、楽しい一日をありがとう、フィオレンサ嬢。おやすみなさい」
「……ええ。おやすみなさい、ジェレミー様。……お気を付けて」
去って行く馬車が見えなくなるまで、私は屋敷の前で見送った。最近、ジェレミー様のさり気ない一言にドキッとさせられることが多い。
二人で出かけるようになって、もう数ヶ月。だんだんと一緒に過ごす時間が長くなり、出かける回数も増えてきている。
(……一体どうしてしまったのかしら、私は……)
この感情は何なのだろう。最近はあの方と出かける日、普段よりもお化粧が念入りになるし、ドレスを選ぶのにも時間がかかる。迎えに来てくれる時間が近づいてくると胸が高鳴り、鼓動が速くなりそわそわしてくる。
「……はぁ」
部屋に戻り椅子に腰かけた途端、深く溜息をつく。どこか甘い溜息。
ついこの前まで、私には生涯愛し抜くと決めた人がいたはずなのに。何をこんなに浮かれているのかしら、私。まるでウェイン殿下を裏切っているような、妙な後ろめたさを感じてしまう。
もうウェイン殿下は私のことなんて、きっとすっかり忘れてしまっているのだろうけど。だけど私は、生涯あの方だけと子どもの頃から決めていたのだ。自分の心の変化を受け入れるのが、切なくて辛い。殿下との日々が、私の中でもどんどん過去のものになっていくようで。
それに……。
ジェレミー様には、長年の片想いのお相手がいらっしゃるのだ。私のことは旧友として、心配してくださっているだけ。それなのに、私がこんな感情を抱いていることがもしもジェレミー様に知れたら、きっと軽蔑されてしまう。どうやらもう私の慰めは必要ないようですね、なんて冷たい目で言われてしまったら……。
「……。……はぁ……」
何度も溜息をつきながら、私は楽しかった今日一日を思い返していた。あの方の細やかな心遣い、優しく穏やかな微笑み……。
(……どうしよう。あの方が私にとって、どんどん特別な人になってきてる)
ジェレミー様と過ごす時間はとても好きだけど、……もうこれ以上は、止めておくべきなのかもしれない。もう充分に、心を救っていただいた。あの方のおかげで、この数ヶ月随分と楽に過ごせた。切ないけれど、それはウェイン殿下のことを考える時間が減ってきたからだ。全てジェレミー様のおかげ。
(だけど、もう……。これ以上深入りすれば、また恋が破れた時のあの苦しみを味わうことになるのかもしれない)
それだけはもう嫌。もう耐えられない。
もう少し距離を置こう。しばらく会わないようにして、以前のような良き旧友に戻らなくては。そして数多く来ている縁談の申し込みの中から、父が選ぶ人と結婚するんだ。私はブリューワー公爵家の娘なのだから。
全身全霊で人を愛したあの夢のような日々は、もうとっくに終わっているのだから。