1. 恋の終わり
王宮へ向かう馬車の中、私は冷たくなった両手を膝の上で握りしめ、必死で祈っていた。
どうか、違いますように。その話ではありませんように。
だけど私の祈りも虚しく、ウェイン王太子殿下は私の向かいに座るやいなや、不敵な笑みを浮かべて言ったのだった。
「イルゼ・バトリー子爵令嬢を妻に迎えることにした。残念だったな、フィオレンサ。これでもうお前が王妃の座につくことはなくなったぞ。野心剥き出しの浅ましいお前ではなく、俺は真実の愛を選ぶ」
(──────っ!!)
そんな……。
目の前が暗くなり、脳がグラリと揺れるような衝撃を受けた。悲しみが一瞬にして、胸を埋め尽くす。
「……殿下」
私を真正面から見据えるウェイン殿下の目には、敵意しか浮かんでいない。そのことが何よりも深く私の心を抉った。
今まで、この想いを真っ直ぐな言葉で伝えたことはない。そのことがいけなかったのだろうか。私のウェイン殿下への想いは、ずっと行動で示してきたつもりだった。誠実に、品行方正に過ごし、ひたむきに王妃教育に取り組んできた。その全てがウェイン殿下の妻になるため、愛するこの方を生涯支えていける人間になるためだった。
だけど、私の気持ちは伝わらなかった。だからこんなことになってしまったのだ。
せめて、一度だけ……。
今を逃せば、もうきっと二度と私の想いをこの方に伝える機会は巡ってこないだろう。
ならば、勇気を出そう。後悔したくない。
私たちはこれまで婚約者として長い時間を過ごしてきた。この十年あまりの間に培われた、二人だけの絆があるはずだから。
『フィオレンサ、ほら見てごらんかわいいだろう?君にピッタリだ。がんばって作ったんだぞ』
『まぁ……っ、すてきな花かんむりですわね。ありがとうございます!ウェイン殿下。うれしいです』
『ふふん、大事なこんやくしゃのためだからな!』
『……なるほどなぁ。うん、教師に聞くよりも分かりやすいよ。君は本当に賢くて頼りになるなぁ、フィオレンサ。ありがとう』
『ふふ、そう言っていただけて光栄ですわ、殿下。これからも、一層努力いたしますわね』
『ああ!俺も頑張らなきゃな』
『ふふ……』
『民から信頼される長になりたいんだ。国民一人一人の立場を理解してきちんと寄り添い、誰も飢えたり苦しんだりしない国を保たねば。父上よりも立派な国王に、俺がなれるかどうかは分からないけれど……』
『きっとなれますわ、殿下。殿下のお志はとても素晴らしいですもの。私も……お支えしてまいります、誰よりも、あなたのおそばで』
『……ああ。ありがとう、フィオレンサ』
「……っ、」
ウェイン殿下と過ごした過去が次々と思い出される。その思い出たちに励まされ、私は震える喉から必死で声を絞り出した。
「……殿下、どうか、信じてください。私が殿下のおそばにいたかったのは、野心などでは、ございません。私は、“王妃”になりたかったわけではありません。ただ……、ただ、あなた様のおそばに、いたかったのです。お支えしたかったのです。あなた様の、妻に、なりたかった……それだけです。ウェイン殿下、……わ、私は、……あなた様を、心から、……愛しております」
「ふん」
しかし私の懸命に紡いだたった一度の愛の告白は、鼻で笑われてしまった。
「騙されるものか、悪女め。か弱いふりをして、最後までよく足掻いたものだ。もういい。諦めて俺の決断を受け入れろ。お前が王妃になれる日など永久にやって来ない。用件は以上だ。去れ」
「…………っ!」
「これで終わりだ、フィオレンサ」
子どもの頃から、ウェイン殿下への想いのためだけに生きてきた。それが今日、あっけなく終わってしまった。誤解され、嫌われ、私の恋は幕を閉じた。
全てを捧げた愛だった。