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7話

  勢いは衰えず、圧倒的な強さでコウが優勝した。

 

 人々の喜ぶ声、絶望的な声、称賛、野次、様々な感情に溢れる闘技場。身分の違う人間たちが、それぞれの立場も忘れて大騒ぎしている。


 そんな中、ミナトは仮面の下で口をあんぐり開けたまま固まっていた。

 無事に終わった安心感よりも、初めて経験した目の前の闘いの数々に対する感情が勝る。

 今回は幸い死人はでなかったが、容赦のない殴り合いを目の当たりにした。凶器による流血もあり、ミナトの心臓は潰れる思いだった。


 その命掛けともいえる闘いには、確かにこの場の人間を熱狂させる魅力があることも理解できてしまう。


(こんなの、怖いだけなのに…まだドキドキする…)


 腹から湧いてくるその熱は、ミナトの感情を混乱させた。

 その隣では楽しげな声のカズユキが赤い頭に指の長い手を乗せる。


「おし、次のメインイベントで最後だな。」

「…メイン? まだあるのか?」


 つい先ほど、ステージの中央でコウが賞金を受け取っていた。決勝戦が「メイン」ではないとでも言うようなカズユキの言葉に、ミナトはただ首を傾げた。

「ああ、ほら。おいでなすった。」


 会場が再び人々の声で揺れる。

 カズユキが指差した先を追った金と黒の瞳は、驚愕に見開かれる。周囲の音に負けない大声を張り上げた。


「ま、まさかあれと闘うのか!?」

 

 目に映ったのは、巨大なワニのような生き物だった。太い尾の先には鉄球のような甲羅のような塊が付いており、四足歩行の状態ですら目線はコウより高い。尻尾も含めた体長は5メートルほどはあるだろうか。全身は赤と紫の縞模様という毒々しい色合いで、黒い目の中には銀の瞳孔が縦長に走っている。


 その不気味な目を大きく開けて、地から響いてくるような低く大音量の鳴き声をあげる。

 ただ鳴き声のみの衝撃で、観客たちはぞわりと鳥肌を立てる。騒がしかった空間の音が止んだ。

 

 多くの闘技場は、優勝者と魔獣の闘いで幕を下ろす。魔獣に勝てば賞金は倍額になる。魔獣が勝てばそのままな上、命を落とすことが多い。


 もちろん、拒否権はあるが、そのデスマッチはこういった場に来る観客が最も求める刺激的な娯楽である。そのまま続行することは暗黙の了解のようなものだった。


「さーて! 今回のこの魔獣はこれまでに19戦無敗! 挑戦者は全てこのデッカい腹の中!! このまま記念すべき20勝か! それとも、圧倒的な強さを見せつけてきた今回の優勝者が生き残るか!?」


 静まり返った会場を、盛り上げるためのアナウンスが響き渡る。

 それを聞くなり血の気が引いた顔のミナトは立ち上がる。カズユキの黒いコートを強く引っ張った。


「止めよう! コウが食われちまう!」

「大丈夫だって……あ、」


 一緒に行こうというニュアンスだったにも関わらず、返答を待たずにミナトは駆け出した。視界が悪くなる仮面を外して全力でステージの方へと駆け降りて行く。

 周囲は魔獣の咆哮に圧倒されてそんなことは気にもとめない。


 息急き切ってステージの際までたどり着く。中央のコウのところまで行って止めるつもりが、魔獣を閉じ込めるための魔術の壁に阻まれた。

 近づけば近づくほど、魔獣はより大きくより恐ろしい存在に見えた。


 一瞬、獰猛な目がこちらを見た気がして背筋が凍る。

 恐怖を振り払うように、見えない壁を拳で強く叩きつけた。


「コウ…!」


 必死の声が届いたのか、それとも偶然か。

 コウの空のような青い瞳がミナトを映す。

 ずっと感情の読めなかった薄い唇が、僅かに弧を描いた。

 音は聞こえなかったが、「大丈夫だ」と口が動く。

 

 その直後に魔獣の太い尾が振りかざされコウを襲う。轟音と共に抉られた床を目の当たりにし、ヒュッとミナトの喉は乾いた音を立てた。


 しかし、コウは上に避けており、潰される憂き目には合っていなかった。

 魔獣と少し距離を空けて着地した姿に、ひとまず胸を撫で下ろす。すると、背後から肩に腕を回された。


「だっ…!」


 振り解こうと顔を向けると、追いついてきたカズユキだった。仮面をずらして紅い瞳を覗かせ、歯を見せて笑っている。


「そんなガチガチにならなくても大丈夫だ。つか、お前。勝手に離れるなよ危ねぇな。」


 ミナトが手に持っていた仮面を着けさせると、自分も黒猫を元の位置に戻す。


「ご、ごめんなさい……」


 己の立場を思い出したミナトは、俯いて素直に謝る。席に戻るぞ、と肩を組んだまま促されステージに背を向けた。


 しかし席へ向かう途中、地面に何かが叩きつけられる音の後に観客たちの声が途切れる。

 階段近くの、目元のみ隠した男は顎が外れそうなほどに口を開いて固まっていた。


 唯ならぬ空気を読み取り、錆びた機械仕掛けのようにゆっくりとミナトは首を回す。


「終わったか」


 カズユキの低い声からは感情が読み取れず不安が増す。ステージを見るのが恐ろしかった。


「……あ……」


 意を決して中央を見たミナトは、ペタリとその場にしゃがみ込む。石造りの階段の冷たさが、着いた掌から伝わってきた。


「勝ってる…?」


 コウのすぐそばに横たわる巨大な生き物。

 全く動く様子のないそれを、コウは更に強く蹴って転がしていた。

 

 観客が沸く。

 

 諸手を挙げて喜ぶ者、頭を抱えて絶叫する者、皆が仮面では覆うことができないほどの感情を露わにしていた。

 賭けの対象や金額を書いた紙が会場を舞う。

 

 全身から力が抜け、立ち上がれないでいるミナトの体がフワリと浮く。膝の裏と背を支える形で横抱きにされていた。


「へぁ!?」

「色気のねぇ声だなぁ」


 急に地面から離れたことに驚き間抜けな声が上がったのを聞いて、原因であるカズユキは笑う。

 

 黒猫の仮面と黒猫の仮面が見つめ合った。

 

「仕方ねぇから、お前を助けてやるよ。」

 

 それだけ言うと、そのまま興奮冷めやらぬ会場の階段を駆け上がって行った。

 

 

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