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4話

 長方形の4人掛けのテーブルにはパンとシチューの乗った皿が3人分出されていた。

 テーブルも椅子も、部屋に置いてある棚も全ての家財が木材で出来た質素な雰囲気のもので統一されている。部屋の主はこだわりがとても強いのか、もしくは全くこだわりがないのかのどちらかだろう。


「助けてくれたのに、暴れてごめんなさい!」


 温かいミルクの入っていた灰色のマグカップを空にした少年は、テーブルに手をついて深々と頭を下げた。

 その正面に座る銀髪の男、カズユキは手をパタパタと左右に振って苦笑した。


「いや、あんなん暴れられた内に入らねぇから。こっちこそ悪かったな」


 その言葉で、改めて先程の痴態を思い出した少年は、快活そうな表情を赤く染めた。「いや、その」とモニョモニョと聞き取れない言葉を呟く。


「お前はもっとちゃんと謝れ。完全に暴漢だった。しかも少年趣味の変態だ」


 人数分の水をキッチンから持ってきた大男、コウはドスンとカズユキの隣に座る。ジッと責めるように、太く男らしい眉を寄せた。

 それに対して、細く整えられた眉が吊り上がる。


「本当に怖かったと思って! 何回も謝ってんだろが!」


 誰がどう見ても強姦未遂の絵面だった。

 しかし、実際には足を怪我していたミナトに癒しの呪文をかけたカズユキが、その状況を確認しただけなのだ。


 事情を知っていれば医者に裸を診せるのと同じなのだが、突然知らない男にズボンを脱がされたら誰でも怖いだろう。しかも自分より体格が良く、力の強い相手だ。

 それはカズユキも重々承知して、本人の言う通り何度も謝っていた。


「足りない。1回1回が軽すぎだ」

「ああ!?」


 大きくため息をつくコウに噛み付く勢いのカズユキ。大人の男たちの不穏な空気を感じた少年は、勇気を振り絞って割って入る。


「い、いや、勘違いなの分かったから……!」


 声変わりはしているがまだ幼さの残る音に、2人は目を合わせて口を閉ざす。これ以上、怖がらせるのはいけないとどちらもが感じていた。


「えーと、ミナトっつったっけ? なんで朝っぱらから追っかけ回されてたんだよ。盗みでもしたか?」


 カズユキはパンを手に取ってちぎりながら少年、ミナトに目線をやる。不躾な質問の仕方であったが、ミナトは気持ちを害した様子もない。

 釣られるようにパンに手を伸ばしながら首を振った。


「そんなんじゃねぇよ」


 ミナトは順番に思い出しながら言葉を紡ぎ始める。

 まだ信用していいのか分からない相手に口にしてしまうのは、助けてくれた人だからという彼の純粋さもある。


 だが、一番大きいのは「ひとりでは抱え込みたくない」という気持ちだろう。

 彼は、困った時には助けを求められる人間だった。

 

 

 ミナトは今年15歳になったばかりの少年だ。この国での成人は16歳のため、後1年で「大人」になる。


 まだこれから成長する予定の体は、現在のところは同年代の平均より少し低めで細身だ。髪は全体的に短い赤色で、瞳は左が金で右目が黒のオッドアイ。

 細い眉とくっきりとした丸い目が相まってヤンチャそうな雰囲気を持っていた。実際に活発な性格である。


 彼は孤児だった。産まれて間もない状態で、丘の上の孤児院に連れてこられたのだ。


 15年前は大きな戦争があった年。おそらくそのせいであろうが、詳しくは育ててくれた大人たちも知らないと言う。この国で、ミナトと同じ年代の子どもたちにとっては珍しくもない話だった。


 名前も、巻いてあった布に縫い付けられていたもので、その赤ん坊の名なのか親の名なのか全く関係ない誰かのものなのかも分からない。

 7歳ほどの頃に好きな名前を決めて良いと言われたものの、慣れ親しんだ呼び名を変える気にはならずそのままにした。

 

 昨夜、ミナトが目を覚ましたのは本当に偶然だった。物音がしたわけでも会話が聞こえたわけでもない。

 強いて言うなら虫の知らせだったのかもしれない。


 寝返りの際にふと意識が浮上してしまい、そのまま目が冴えてしまったのだ。

 どうしても眠れないので、4人部屋の2段ベッドで眠る他の子どもたちを起こさないように部屋から抜け出した。


 冬の夜の廊下は当然寒かった。

 台所で何か温かいものを飲んでから寝ようと歩いていたのだが、ここでようやく外の会話に気が付いた。

 聞き間違えるはずもない、育ての親の声だった。


 その時は何かを疑う気持ちはなく、ただの若い好奇心で外に出た。コートを着てくれば良かったと後悔するほどの寒さだったが、そのまま声のする方へと向かってしまう。


「ここの子どもたちは宝の原石だ」

「その価値を最大限に活かそうというのだ。金にもなる。悪い話ではないだろう」

「子どもたちを、他国に……」


 曇りのせいで月明かりもない暗闇の中で、何人かの大人が立っていた。

 ひとりはこの孤児院の院長。人当たりの良い白髪交じりの初老の男性だった。いつもは柔らかく明るい声が、今は暗く低い声になっている。


 後の人間たちは背中しか見えなかった。

 もうひとり、話をしているのは声からして男だ。他には黙って立っている人間が3人いた。中肉中背の院長と比べて背が高く肩幅も広かったため、おそらく大人の男だろう。


 話の内容によっては入って行こうとしていたミナトであったが、空気を読めない年ではない。

 通常とは違う様子に、足を止めて壁に背をつけて聞き耳を立てようとした。


「特に、両の目の色が違う少年が居ただろう? 彼は是非とも……」

(……! 俺?)

 

 思わず息を飲んだ丁度その時。

 院長のグレーの瞳が、ミナトを映して見開いた。


 その目から感じたことのない唯ならぬ様子に、即座に土を蹴ってその場から走り去った。


お読みいただき、ありがとうございます!

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