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22話

 首都から再びヒエンの街に戻る。

 帰りの列車に揺られながら、カズユキはセイゴウの素性や勘違いを説明した。その上で、おそらく孤児院の院長には怪しいことはないのではないかという考えも伝える。


 ミナトは安心すると共に、大好きな院長を疑ってしまったことに対する申し訳なさで複雑な表情をしていた。


「謝らないと。きっと心配してる」

「そうだな。着いたらすぐに話を聞きに行く。……疲れてるだろ、少し寝てろ」


 ミナトが孤児院を飛び出してから今までに起こったことは、目まぐるしすぎる。世間を知らなかったまだまだ幼い心には負担が大きいだろう。

 カズユキは隣に座る細い肩を引き寄せて自分にもたれ掛からせた。

 甘えて体を任せながらも、ミナトは首を振る。


「寝る気分じゃ、ない」

「んじゃ、せめて横になれ」


 力無い声を聞いて、カズユキは優しく頭を撫でる。そのまま膝まで誘導して枕にしてやる。

 柔らかくはないが心地よい高さと温もり、そして揺れる列車に、ミナトはふわりふわりと誘われていく。


 次第にミナトの瞼は重くなり、寝息が聞こえ始めた。

 


 寝付いたことを確認したコウが、正面に座るカズユキを見ながら口を開く。


「大丈夫なのか? 連れて行って」

「多分な。嘘ついてる目じゃなかったし。嘘ついてんの見たことねぇから知んねぇけど」


 仏頂面を思い出して小さく笑うと、コウは黙って頷く。ミナトの寝顔を見る目は穏やかだったにも関わらず、今はどこか暗い色を帯びている。

 力を抜いて質の良い座席にもたれかかり、カズユキは窓の外を眺めた。殺風景な、緑が飛んで行くような景色を瞳に映しながら低い声を出す。


「お前、本当に今日は機嫌が悪いな」


 コウの感情の分かりにくい目が明らかに揺らいだ。言葉を探して唇をささやかに開閉した後、ようやく声を出した。


「トーマは、良いやつだな」

「あいつ? そりゃな。良いやつすぎて、この俺がなーんにもできなかったからな」


 清々しい表情で伏し目になる。

 

 いわゆる、初恋だった。

 幼いころからずっと好きだった男はあまりにも汚れなく、疑うこともなくカズユキを「親友」と言っていた。

 もし己の気持ちを知ってしまったら。あの笑顔が歪むのを想像するだけで恐ろしく、欲を誤魔化すために手当たり次第に誰とでも関係を持った。


 ある日、「好きな人が出来た」と照れくさそうに告げられて。


「お前なら絶対大丈夫だ。応援するぜ」


 そう、本音と嘘を交えて背中を押したのは他でもない自分だった。

 砕け散った心を拾い集めて、毎日顔を合わせる職場から逃げた。

 いつか辞めてやろうとしていたのが、早まっただけなのだとさまざまな理由をつけて。


 そうしないと、若いカズユキは理性を保つ自信がなかったから。

 

 結果としてはそれは良かったのだと、心の底から思う。

 今では会っても、胸の高鳴りは一切ない。


 そのことは、今日初めて一緒に会うことの出来たコウにも伝わっていた。

 トーマら誰もが好感を持つ男だろうと、どこか納得もして爽やかな男を受け入れた。

 だからコウはトーマと居る時には心穏やかに過ごし、剣術の稽古と護衛に集中出来たのだ。


 しかし。


「セイゴウは、……」


 今までカズユキから聞いたことも無かった男の名前をコウは口にする。鋭すぎる感性は、ふたりがただの同期ではないことを感じ取った。


「……1回寝たことがあるだけだから気にすんな」


 カズユキにとって、体の関係を持つことは本当になんでもないことであった。ましてやセイゴウとの関係はお互いにとって事故のようなものだ。

 今日はもし必要ならば体を重ねることを想定していたが、相変わらず硬派な彼は一瞬の迷いすら見せなかった。


「そいつとさっきまで! ふたりっきりで……!」


 共にいた10年でカズユキが性に奔放なことは理解していたコウだが、その男が先程まで近くにいた事実に心を乱された。珍しく声を荒げ立ち上がる。

 その険しい表情をカズユキは目を丸くして見上げる。


「……っ! いや、なんでもない。列車内を見回ってくる」


 まだ言いたいことがありそうな勢いだったが、すぐに奥歯を噛み締め言葉を切る。爪が食い込むほど拳を握り締め、背を屈めてドアを(くぐ)って出て行った。

 

 足音が聞こえなくなると、カズユキは大きくため息を吐く。まるで自分が傷つけられたかのような顔で俯いた。


「……なんかあれよ」

「なんかって?」


 下を向いた先で金と黒の瞳とバッチリ目が合う。

 カズユキの紅い瞳は、何も言わずにそれと数秒見つめ合った。

 

「おぁあ!? おま、寝てなかったのか!?」


 正気に戻ったカズユキは体を大きく跳ねさせる。座席がギシギシと鳴った。

 それに合わせて揺られながら、ミナトは大きな欠伸をする。


「うとうとしてたけど、さすがにあんだけ話されたら起きるぞ。ガキ扱いしすぎだ」


 目に滲んだ涙を手で拭い、呆れ返った声を出しながらゆっくり起き上がる。

 しわの寄ったブラウスの腕の部分をなんとなく伸ばしながら再び口を開く。


 心底不思議に思うことをぶつけることにした。


「ふたりとも、好きなら好きだって言えば良いのに」

「よく分かったな。昨日会ったばっかのガキのくせに」

「分からねぇやつ、いる? 多分、トーマさんもセイゴウさんも王子も気づいてたと思う。分かり易すぎて」


 純粋な瞳に真っ直ぐに見つめられて、カズユキは余裕なくたじろいだ。

 ミナトの言う通り、お互いの態度があからさまであることはカズユキも承知していた。


「はっきり言いやがって」


 分かってはいても、指摘されると恥ずかしいものだ。手で顔面を覆うと、天井を仰いだ。熱が集まってきている顔を少年に見せたくはなかった。


「なんで言わないんだ? やきもち妬いてんの喜んでるくせに」

「ほんっとにはっきり言うなお前は!」


 ミナトの歯に絹を着せぬ物言いに、せっかく隠した顔を出して怒鳴ってしまう。


 図星だった。

 先ほどのセイゴウとの関係についても、上官からの嫌がらせが原因であったことは敢えて伏せたのだ。想像以上の反応に、驚くと共に喜びも感じてしまっていた。


 ただただ本当に疑問に思っている、と顔に書いてあるかのようなミナトに長く息を吐いて肩を落とした。

 今更ながらになんとか格好つけようと、口元に手を当てて咳払いをする。


「大人には大人の事情があんだよ」

「じゃあ今後の参考に是非聞かせてくれ、大人の事情!」


 誤魔化そうとしたが、許されない。

 目をキラキラと輝かせ、興味津々で身を乗り出してくる。その眩しい笑顔は、カズユキの羞恥心を耐え難いほどに煽ってきた。

 心臓が早鐘のように鳴り始める。

 

「10年早え。寝ろ!」

 

 ぶっきらぼうに言うと、頭を鷲掴んで再び膝に押し付けた。


お読みいただき、ありがとうございます!

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