21話
「もう1回! もう1回お願いします!!」
無事、話を終えてコウやミナトが待つ剣術の稽古をしている場へと足を運ぶと、ミナトと王子が手合わせ中だった。
晴天の下、ブラウスとズボンのみの身軽な姿になった2人の少年が剣を交える。激しく動くせいで、寒い季節にも関わらずどちらも汗が滲んでいる。
命のやり取りとは違う軽やかな、しかし真剣な金属音が花壇に囲まれた庭に響く。
最後は、ミナトの剣が王子の力強い剣に弾かれ宙を舞う。それは柔らかい芝の上に突き刺さって、倒れた。
試合終了だ。
ミナトの悔しそうな声とめげずに人差し指を立てる姿に、カズユキは少し離れた場所で目を細める。
出来る限りの情報を聞き出そうとしたカズユキだが、自分とミナトに関しては「誘拐されそうなところを助けた」としか伝えなかった。
セイゴウはこの件についてかかりきりになれる立場ではない。しかし聞いてしまえば、孤児院に飛んでいきかねない。本人もそういう人間だと自覚があるからこそ、家族を増やさないでいたのだ。
彼の性格を見越して何も言わなかったであろう院長に、事実確認をしてからでも遅くはないと思ってのことだ。
通常の騎士は当然、このような色とりどりの花に囲まれた場所では剣の訓練をしない。きちんと修練の場があり、そこで個人や団体で訓練を行う。
逆に王族は通常は修練場には足を踏み入れず、朗らかな庭で剣の稽古をするのだ。
まだやる気満々で落とした剣を拾っているミナトに、笑顔のトーマがパンパンと手を叩いて知らせる。
「残念だけど、迎えがきたぞミナト」
「えっ! あ! カズユキ!」
声に反応して振り返ったミナトの表情が、見るからに明るくなる。訓練用の剣を腰の鞘に収めると、片手を上げるカズユキの元に駆け寄っていく。
たった1時間ほど離れていただけだというのに、飼い主を見つけた犬のようだ。
近くで止まった赤く柔らかい髪を、黒い手袋をした手が撫でる。
まだあどけない若い頬がふわりと朱に染まった。
「楽しそうだなミナト。下手だから伸び代があって良いじゃねぇか」
「それ褒めてねぇ!!」
笑顔が瞬時に崩れたミナトを面白そうに見るカズユキ。王子の近くに立つトーマが腰に手を当てながらフォローする。
「いやいや、初めてにしちゃ上出来だったぞ」
「ああ、筋が良い。鍛えれば剣闘士にもなれる」
コウの静かな声もミナトを褒める。
いつの間にか、カズユキの隣に立つ男はセイゴウからコウに変わっていた。
「へぇ」
カズユキは口元を緩めると、ぐしゃぐしゃと赤い髪を乱す。ミナトは慌てて後ろに飛び退いた。
コロコロと素直に表情が変わる年相応な姿を見て、喉を鳴らして笑ってしまう。すると、今度は唇を尖らせてカズユキを見上げてくる。
その様子を同じく微笑ましく感じながら、コウはカズユキに小さく耳打ちする。
「進展はあったか?」
「ああ。後で詳しく……ってなんだ」
コウが白い首元に鼻を寄せている。
息が掛かってこそばゆく感じながらも、押しのけることはせずに問いかける。
一瞬固まってしまったミナトがそろそろと後ずさって行くのが分かりながらも、コウは離れなかった。
「……あの男と同じ匂いがする。何かあったのか?」
コウが「あの男」と言いながら視線をやると丁度、セイゴウの鋭い視線とかち合った。澄んだ青と冷たい深緑が火花を散らす。
セイゴウの意図としては「王子の前で何をしている」ということなのだが、コウに伝わるはずもない。
「紅茶の匂いじゃねぇ?」
人間離れした能力があるというのは厄介なモノだと感じながら肩をすくめる。
そもそもセイゴウは香水もつけておらず、かといって体臭がキツイ男でもない。カズユキは接触した覚えのある腕の匂いを嗅いでみるが、いつもと全く変わらなかった。
コウは全く納得せずに眉を寄せる。
「そういうのじゃ」
「なんかあったらお前が困ることでもあんのか?」
顔を上げたコウの額に人差し指を当てながらジッと覗き込むと、その大きな体はスッと離れた。
「今日のお前は、いつも以上に意地が悪い」
珍しく不機嫌そうにそっぽを向いてしまったコウの声が上から落ちてくる。
カズユキは熱くなった首元を抑える。
そして目を閉じると、運動する前のように首を回して誤魔化した。
第二王子のケンリュウは、親しげなふたりのやり取りを興味深げに眺めていた。そのケンリュウの様子を苦虫を噛み潰したような面持ちで見ているセイゴウが隣に立つと、目線を上げる。
「話は終わったのか?」
咎めているわけでもない、抑揚はあまりないが柔らかい少年の声にセイゴウは生真面目に頭を下げる。
「はい、突然申し訳ございませんでした」
「良い。楽しかった」
僅かに口角を上げて剣の柄を撫でる姿は、その言葉が嘘ではなかったことを物語る。
王子という高貴な身分のケンリュウは、無知ゆえに遠慮なく剣を奮ってくるミナトが新鮮だった。
今まて関わったことのある同じ年頃の少年たちは皆、貴族だ。剣が得意な者でも、心得て手加減してくるのだ。
「ミナト」
「は、はい! 何ですか?」
カズユキとコウのやりとりに目が釘付けのまま、トーマの隣まで移動してきていたミナトは飛び上がった。その隣で微笑むトーマは腹に力を入れて、その初々しさに大笑いするのを耐えていた。
ただ話すだけの時にも常に作り笑顔を忘れない貴族の少年達と、平民として育ったミナトでは人との接し方が当然ながら違う。
このように、丁寧な対応を試みようとしても感情がそのまま表に出るミナトを、ケンリュウはとても好ましく感じた。
「また、王宮に来ることがあったら声をかけてくれ。次は庭を散歩でもしながらゆっくり話そう」
「ん、と…ああ! じゃなくて、はい! 喜んで!」
大きく口を開け、歯を見せて笑うミナトにつられたケンリュウも、上品ながらもにっこりと顔を綻ばせた。
少年たちがまだ少し話している間に、セイゴウはカズユキに近づいていく。
カズユキとコウの間に流れる微妙な空気も、睨めつけるような青い目も意に介することなく要件を告げる。
「カズユキ、彼が養子というのは嘘だな?」
「決まってんだろ、依頼人だよ。もう追い出されても困んねぇけど、なんでだ?」
相手からの質問には答えることなく、セイゴウは何も言わずに顎に手を当てた。
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