19話
「お前が跡継ぎを探しに孤児院に、なぁ」
弾力のある黒革のソファに深く腰掛ける。
ここは執務室のひとつ。王宮に勤める者の中でも、一握りの人間のみが与えられる部屋だ。
紫色の絨毯が敷かれ、テーブルや本棚、壁はダークブラウンだった。使用者の好みで全体的に暗めの色で統一されている部屋であったが、天井のシャンデリアだけは華やかに輝いている。
「無い」と言っていた紅茶と、クッキーまでがテーブルには置かれていた。
カズユキとセイゴウは、それらには手をつけずにテーブルを挟んで向かい合う。
「何も不思議なことではないだろう」
セイゴウは現在独身で、今後も結婚の意思はない。王族の近衛騎士という仕事に集中するため、私生活において守りたいと感じる対象を増やしたくないという生真面目な理由からだった。
しかし、貴族として後継ぎは求められるものだ。
そのため、ミナトの住んでいた孤児院に養子縁組のために足を運んでいた。日頃の様子を見てから決めようと何度か通っていたという。
その時にミナトはセイゴウのことを遠目に見ているのだが、帽子を深く被った姿では彼の特徴である隻眼も認識は出来なかった。ただ「なんとなく」見たことがある、程度の記憶のみ残っている。
「なんであそこなんだよ」
信用していないので納得するまで探る、という姿勢をカズユキは隠そうともせず踏み込んでいく。
孤児院は国内にいくつも存在する。
自身が住む首都にさほど近いわけでもなく、親戚がいるわけでもない縁もゆかりもない場所で養子を探すのは不自然だ。
短く溜息を吐きながらセイゴウは足を組む。
「知らなかったのか。私はあそこの出身だ」
隠していることでも無かったが、と言われてカズユキは記憶を刺激された。
(そういやなんか噂になってたな。)
同期の中でもカズユキ、トーマ、セイゴウは出世頭だった。人柄が良く皆に好かれるトーマはともかく、カズユキとセイゴウは嫉妬からの嫌がらせを受けることも多かった。
カズユキは組織の古い慣習に反発したり場合によっては命令を無視したりする問題児だった。こちらは仕事が優秀でも罰を与えやすい。全く堪えてはいなかったが、細かいことで憂さ晴らしに使われた記憶がカズユキにはある。
セイゴウは逆に真面目すぎた。ルールに違反したものはたとえ上官であっても指摘する男だった。
そういった者の弱点はついていきたくなるものだ。
そんな中で「セイゴウは本来貴族の血筋ではない」と、揶揄する噂が流れていたことがある。嘲笑するようなポイントでは本来はないのだが、血統を重視する意見もまだあるのが現実だった。
そういった噂を右から左に流していたカズユキはすっかり忘れていたのである。
だが知らなかったというのは癪だったため、まるで分かっていたかのように肩をすくめる。
「流石に出身の施設までは知らねぇよ」
その言葉に、セイゴウは軽く目を閉じて頷いただけで特には追求しない。自分の出自をカズユキが知っていようといまいとこの後の話には関係がないのだ。
昨日の昼間に休みをとることができたセイゴウは孤児院を訪ねた。通常ならば私服なのだが、今回は孤児院の所在地であるアシシリ領の駐在騎士に用があった。そのため制服を着たままであったという。
その時に院長から、昨晩から1人行方不明の少年がいるのだという相談を受けた。
幼少時代は親の様に世話になっていた彼は、セイゴウの身分が変わろうとも頼ってくることはなかった。
今回は初めて恩返しが出来るのでは、と意気込んでミナトの捜索に乗り出したという。
「じゃあなんでミナトを襲ったんだ?」
「ミナトを襲ったわけじゃない。まずは孤児院の近くの、ならず者が出入りしそうな場所を探していた。想像よりあっさりミナトを見つけたが、不審者と一緒にいるようだったので早めに連れ帰ろうとしただけだ」
「誰が不審者だ。誰が。そんな乱暴にも扱ってなかっただろ」
ならず者が出入りしそうな場所といえば、地下闘技場だろう。
そこでは、ミナトが仮面をとってしまう場面があったのを思い出す。カズユキはその時に紳士的に振る舞っていたと自負している。
だが、セイゴウは小馬鹿にした様に鼻を鳴らす。
「助けるふりをして心を開かせるのは、悪党の常套手段だろう」
腹立たしい言い方ではあったが、正しい。そのような人間を数多く見てきたカズユキは、返事の代わりに口を閉じた。
知り合いであることに気づかず、セイゴウはミナトを助けようと問答無用で切り掛かった。しかし斬り合う内に昔の同僚であることに気がつき、一旦は引くことにしたのだという。
カズユキが騎士団を辞めたのは10年ほど前のことだ。在団時には長かった髪は今では短くなっているし、道は暗かった。記憶が薄れていたことも相まって、すぐには分からなかったのだと言う。
かくいうカズユキも、すぐにセイゴウだと思い当たったわけではない。眼帯、太刀筋、近衛騎士という手がかりから答えを導き出したのだ。
「貴様であれば、そう悪いことにはならないと判断した」
「へぇ、意外な評価だな」
そう言いながらも、カズユキはどこか納得していた。
カズユキとセイゴウは、私的な付き合いは皆無である。仕事で命や体を預け合うことはあれど、あくまでも仕事。近づけば考え方の違いから衝突を避けられないことは本能的に理解していたため、ほぼ会話をすることもなかった。
だがお互いに実力は認めており、「弱者を守る」信念により騎士団に在籍していることは感じ合っていた。
いかに性格が合わずとも、その己の直感は信じるに足るものだったのだ。
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