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14話

 

 溶けたチーズが落ちそうなほどに乗ったピザに齧り付く。一つ間違えれば火傷してしまいそうなそれを、上手く息を逃しながら噛んで味わっているのはミナトだ。


 チーズとトマトソースの相性は抜群で、頬が自然と緩んでしまう。


「美味いー! 朝からこんなうまい飯が食えるの幸せだー!」


 孤児院の食事はきちんとバランスのとれた栄養のある献立を用意してくれていた。その献立に合わせて10歳以上になると役割分担して調理の手伝いもするのだ。栄養士に面倒をみてもらいながら自分たちで作った料理は美味しい。


 しかし若い舌にはどうしても、塩味が強くカロリーが高い味が合うのは仕方がないことだろう。

 ただでさえ、酒場で出る食事というのは食欲を唆る。


 店主はカウンターの内側でテンポの良い音をさせながら包丁を動かし、機嫌良く歯を見せた。


「良ーい食いっぷりだな! ついでに汽車で食うサンドイッチでも作ってやるよ!」

「ありがとうお兄さん! 俺、卵のが食いてぇ!」


 1ピースのピザをペロリと平らげると、舌で口の端を拭いながら両手を上げて希望を伝える。


 親子と言われてもおかしくない年の差の少年からスルリと出てきた「お兄さん」という単語に、店主の好感度が上がる。卵という素朴な具材も、大人の心をくすぐった。

 店主は鼻歌まじりに油の入った大きな鍋に火をつける。


「おう、お安い御用だ! 揚げもんは好きか? カツのも入れといてやる」

「大好きだ!!」


 店主の行動を目で追いながら野菜のポタージュスープに口をつけていたミナトは目を輝かせる。

 その隣で、うんともすんとも言わずに食べ物を口に放り込んでいたコウが軽く片手を上げた。


「……お兄さん、俺も」

「お前はもっと可愛げあるおねだり覚えてから出直せ!」


 なんの愛想もなくカツサンドの話題に乗っかってきたコウに、店主は舌を出した。

 大人のやりとりにケラケラと楽しく笑った後、ミナトは時計を見上げる。もうすぐ人が社会活動を始める時間になってきた。


「カズユキ、まだ帰ってこないのか?」


 護衛のためだとミナトと同室で寝ていたカズユキは、目を覚ました時にはもう居なかった。代わりに隣のベッドにはコウが寝ていて、朝のミナトは大混乱だったのだ。


「市場は遠くないから、大量に何か買い込んでなければそろそろだろ」


 コウはサラリと答えながら残っているピザを円形のカッターで切り分け、ミナトの皿に乗せてやる。礼を言って受け取ると、色違いの両目が皿を見つめる。


「そっかー……なぁ。カズユキってさ、どういう人なんだ?」


 近くにいる2人、どちらというわけでもなく呟いた言葉にコウと店主は首を傾げた。


「どう?」

「とは」


 自分でもどういうことを聞きたいのかが纏まりきらないまま口に出したミナトは、質問しておいて困ったように頬を掻く。


「いや、なんか……明るいやつかと思ったらドライな感じだったり。意外と、その、優しかったりとかさ。掴みどころがないっていうか……」


 目線を泳がせながら、たった一日でどんどん印象が変わっていった男の顔を思い浮かべる。

 大雑把で人の心が分からない軽口ばかりを言うやつかと思えば、不安を出来るだけ解消してきっちり包み込もうとしてくれる。


 ほんのり頬が赤い少年の表情に、大人ふたりは顔を見合わせた。

 ピピピーッと、機械仕掛けの高い音が揚げ物の完成を知らせる。


「ミナト、あいつはやめとけよー? 火傷するぞ火傷。なぁ?」


 きつね色に焼き上がったトンカツ3人分を順番に鍋から上げながら、店主は物言いたげにニヤつく。そのからかうような視線から逃れるようにグラスの水を飲み干したコウは、深く頷いた。


「取り返しのつかない大火傷を負うな」

「へ?」


 火傷とは、とキョトンとした顔の後に首から耳まで一気に赤くなる。言葉の意味を理解すると、それこそ火傷したかのように顔が熱くなった。


「い、いやいやそういうんじゃなくて! 命を預けるんだしもっとこう……どんなやつか知りたいなって」


 出会ったことのないタイプの「大人の男」に対して、興味やほのかな熱のある感情が芽生えていたのは確かだろう。

 だがそれは「こんな風に強くなりたいなぁ」という憧れの感情であり、恋愛感情とは全く結びついていなかった。


 しかし質問は「どうしてこの仕事をしているのか」「どうしてあんなに強いのか」ではない。「どんな人間なのか」という質問になったことは、人間性そのものに惹かれていることを指していると言える。


 初恋も知らぬ少年には、感情の分類が難しいのだ。


「うーん。答えになるかは分からんが、少なくともこの仕事を始めた理由は『困ってる人を助けたい』だったぞ」


 唸りながら片手で卵を割っていく店主は、カズユキが初仕事をする時から知っていた。

 今では直接彼に依頼する者も多くいるが、昔は当然、コツコツと張り紙の依頼をこなしていっていたのだ。


「稼げるからとかじゃないのか……」


 ミナトは「依頼料」や「地下闘技場の賭け」など表面上は「金」にこだわる様子を見せるカズユキを思い出していた。

 ただ、店主の言った仕事の動機もなんとなくだが納得出来る節もある。


 コウはそんなミナトの感情を察し、近しい人間にしか分からないくらいのささやかな笑みを作った。


「助けてと言われたら助けずにはいられないんだ。初めて会った時から、そんなやつだった」


 柔らかく深い声は、思い出を噛み締めるような響きを帯びている。それがどんな思いから来るものなのか分からないまま、ミナトはコウの声に聞き入る。


「元々は騎士団に所属してたらしい。でも、組織にいるとどうしても自由に動けないことがある」


 目の前にいる助けを求める人間を見捨てて、命令に従わなければならないこともある。詳しくは付き合いの長いコウも店主も聞いたことはなかった。

 ただ、そういうことがあるから組織で動くのは嫌だとカズユキは日頃から言っているのだ。


「お前のことも、本当は二つ返事で助けたかったはずだ」

「難儀なやつだよなぁ。コウが口出してくれてなきゃ、今頃はここで頭抱えてただろうよ。『見捨てちまったー』ってな」


 溜息混じりのコウの言葉に、店主は同意しながら腕で目元を覆って泣き真似をする。


 どんな相手でも助けを求められたら助けたいカズユキだったが、その範囲には限りがある。現実的に、全ての人は助けられない。


 だから彼は、「依頼料を持って助けを求めにくる」人を対象に必ず助けると決めた。その制約を破れば、自分はどんどん手を広げてしまう。


 もしそうなればその先は、抱えきれなくなって何も守れなくなった自分が立ち尽くす未来だと考えてのことだ。

 もちろんその制約が、カズユキの心を蝕むこともある。


「やりたいように動けば良いのに……」


「世話が焼ける」とボソリと呟いたコウの表情は優しく、ここにいない人物を愛しむ目をしていた。

 表情筋は動かず、しかし感情が読み取りやすい空気をミナトは敏感に感じ取っていた。

 好奇心が抑えられず、昨晩から気になっていたことを切り出す。


「なぁ、昨日さ。コウがカズユキに惚れてついてきたって聞いたけど……」

 

 しかし、


「よう! 待たせたな!」


 タイミング悪く店のドアが大きな音を立てた。

 

「そろそろ……ってお前らこの時間からピザかよスゲェな!」

 

 空気を思いっきりブチ破る勢いで、話題の人物が入り口に姿を見せてしまったのだった。


お読みいただきありがとうございます!

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