9話
道の両側には街灯の光があるが、やはり夜は暗い。
いかに月が照らそうとも、道の先が見えない状態が続く。その上、どこかで野良犬か何かの鳴き声が聞こえてきた。
ただそこに並んでいるだけの建物からですら、人通りが多く明るい時間には感じなかった圧迫感を感じる。
知らぬ男たちに追い回され、恐ろしい魔獣を肌で感じたミナトは身が縮む思いで歩いていた。
物音がする度に、何度も後ろを振り返ってしまう。
「夜道は初めてか?」
不意に隣を歩くカズユキが前を向いたまま口を開いた。ピリピリと緊張して俯き気味で歩いていたミナトは、飛び上がる勢いで顔を上げた。
「へ!? あ、え、ああ! 孤児院は門限が決まってて……っ」
そこで言葉は途切れた。すでに15歳の少年にとって、門限は邪魔くさいものであった。しかも、10歳にも満たない子供たちと同じ時間だったのだから。
「そうだね。ここを出る前に、そろそろ練習しなければね」
せめてもう少し外に出たいと文句を言うミナトや同い年の子どもたちに、少し寂しそうに笑った院長はどんな気持ちだったのだろう。
その時は「居なくなるのが寂しいんだろう」と脳天気に思っていたが、今となってはもう分からない。
いつも優しかった笑顔を思い出して、鼻先がツンと熱くなってくる。
「オッドアイの子ども」はこの国では珍しいことでもなかった。だが、国外ではそれを神聖視したり、逆に不吉な存在として扱う国もあると聞いたことがある。
「なぁ、俺ってさ……国外では高く売れたりすんのか?」
黙ってしまったミナトの言葉の続きを何も言わずに待っていた二人が顔を見合わせるのが分かる。コウはそのまま無言を貫いたが、カズユキは小さく息を吐いてから答えた。
「お前くらいの年で健康なガキはどこでも高く売れるだろうよ。力も付いてきて仕事の即戦力にもなるし、伸び代もある。どんな仕事にも対応させられるからな。それにお前みたいに小綺麗なツラしてりゃ……あー、いや」
ミナトが聞きたいことを理解しながらも、目のことには触れずに事実だけを述べていく。いつもの調子で流れ出そうになった軽口は飲み込まれたものの、どんな言葉が続くか分からないほどミナトは幼くはなかった。
「俺、初めては好きな人がいい」
「ってぇ!?」
力なくミナトが呟くのと、無言のコウがカズユキの後頭部を叩いたのはほぼ同時だった。
バシンッと乾いた音が眠る街にこだまする。
涙目になったカズユキだったが、不安を煽った自覚があるためその仕打ちに文句は言わなかった。ひり付く頭を摩りながら改めて言葉を続ける。
「ま、その初めてとかを奪われねぇために、俺たちが守るんだよ」
カズユキは笑みを浮かべて左手を差し出す。その姿は自信に満ち溢れていて、夜の暗さは変わらないはずなのに輝いて見える。
「よ、よろしく……」
しかし、吸い寄せられるように伸ばしたミナトの左手はその手に届くことはなく。カズユキの手は力なく下ろしていた右手をしっかり握った。そのまま手を引いて歩き始める。
ミナトはされるがままに足を動かしたが、すぐに我に返る。繋いだ手を見下ろして慌てた。
「が、ガキじゃねぇんだから……!」
「これをガキ扱いだと思うのがガキの証拠なんだよ」
文句を言いながらも振り解こうとはしない。それに気づいたカズユキは、手の力を少し強めた。しっとりとした若い手が遠慮がちに握り返す。
(大人だったら、この状況でどう思うってんだよ)
得体の知れない相手への恐怖とはまた違う胸のざわめきに、少年の頭は掻き乱された。
何かに縋りたい思いでコウの方を見る。しかし、ミナトを挟んでカズユキと反対側を歩いていたコウは、いつの間にかミナトの真後ろに移動していた。
背後を気にしていたのも、気付かれていたようだ。
それぞれの方法で、依頼人となったミナトの心の安寧を守ろうとしていることを実感する。
そこに報酬が絡んでいようと、素直に嬉しいと感じた。
「ありが……!?」
どうにも最後まで台詞が言えない日である。
カズユキは、ミナトを急に抱きしめる。そしてすぐさま建物と建物の間の細い道へと跳ぶ。
ミナトの目には、先程まで居た場所に誰かが剣を突き立てる様が飛び込んできた。
小さく舌打ちが鳴る。
「ちっ! 今の今まで気づかなかった……!」
「は、え? 何……?」
状況を掴めないで目を白黒させているミナトを構っている暇はふたりには無い。
「コウ!」
「ああ」
細かいことは何も言わず、名を呼ばれただけでコウは建物の壁を伝って屋根へと跳んだ。目に映る敵は1人だが、他にも潜んでいる可能性が高い。朝は、大人の男5人がかりでミナトを追っていたのだ。
暗い中をしらみつぶしに隠れている者が居ないか探す必要がある。
「ミナトはしっかり俺に捕まってろよ」
抜いた剣を右手で持ったカズユキは、左腕でミナトをしっかり抱える。
剣先は、地面から剣を抜いている者へと向けられた。
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